P. B. Shelleyの多くの作品の中で、いわゆるゴシック的作品とバラッド詩は1816年以前に集中している。そのバラッド詩は大きく2つに分類できる。自身のゴシック小説に挿入されているものと中世伝説Wandering Jewに関連するものである。18世紀後半になってゴシック的雰囲気を持つ小説、劇、詩が流行したが、その大きな流れの一つに中世伝説‘Wandering Jew’の影響があり、他の作家達と同様シェリーも魅了されて作品を残した。Allottは “Shelley’s interest in the Gothic and in the Wandering Jew went hand in hand with each other.” [Miriam Allot, Essays on Shelley (Liverpool UP, 1982) 40]と言っている。今回はシェリーのWandering Jewに関するバラッド詩を基の伝説やロマン派詩人のものと比較し、Wandering Jewを通してシェリーのゴシシズムの一端を示したい。
まず基のWandering Jew伝説を確認しておく。ある男が十字架を運ぶキリストに「速く行け」と罵声を浴びせ、その罰として永遠にさまようことになった。途中、自らの罪を悔い改めるがその旅が終わることはないのである。このキリストに赦しを請うという伝説に忠実であり、ロマン派詩人たちの詩作を促した作品がThomas PercyのReliques of Ancient English Poetry(1765)に収められている“The Wandering Jew”と考えられる。ここではパースィの“The Wandering Jew”と他のロマン派詩人の作品として S. T. Coleridgeの“The Rime of the Ancient Mariner”、最終的にShelleyの“The Wandering Jew’s Soliloquy”とを比較する。
パースィの“The Wandering Jew”で、休もうとするキリストに“Awaye, thou king of Jewes, / Thou shalt not rest thee here;” (4stz.)と罵った靴屋は “I sure will rest, but thou shalt walke, / And have no journey stayed.”(5stz.)とキリストから言われ、終わることのない旅が始まる。その放浪の様子は次のようである。
vii No resting could he finde at all,
No ease, nor hearts content;
No house, nor hearts content;
But wandring forth he went
From towne to towne in foreigne landes,
With grieved conscience still,
Repenting for the heinous guilt
Of his fore-passed ill.
[Reliques of Ancient English Poetry. 3 vols. 1765. Ed. Henry B. Wheatley. New York, 1988.]
7stz.では“no”と“nor”のたたみかけにより放浪の苦しみが強調され、下線部 “Repenting for the heinous guilt /Of his fore-passed ill.”でキリストに暴言を吐いた靴屋は “repent”と後悔している。さらに自分の罪のことを “heinous”という形容詞を用いることで、自分の犯したことが間違っていたと認め、深い反省を表している。更に15stz.では “if he heare any one blaspheme, / Or take God’s name in vaine, / He telles them that they crucifie / Their Saviour Christe againe.”と自らの罪を悔い改めるのみならず、「神を冒涜するものへ注意を促す」Jewの姿がみられる。
次にパースィのReliquesから影響を受け、‘Wandering Jew’をモチーフに創ったコールリッジの“The Rime of the Ancient Mariner” [The Complete Poems: Samuel Taylor Coleridge, ed. William Keach (London: Penguin Books, 1997)]では老水夫はアルバトロスを殺した罪のため、罰を受けて海を放浪するが、祈りを奉げることで赦される。しかしその罰として、永久に自らの話を語り伝えなければならない。その罪に対する態度は “‘O shrieve me, shrieve me, holy Man!” (A.M. l. 607) と贖いの気持ちが示されており、“With a woeful agony,” (A.M. l. 612)という苦しみを伴って “Which forc’d me to begin my tale” (A.M. l. 613)というように自らの罪と罰の物語を話さざるを得ない。更に神への呼びかけは下線のように“holy Man”となっており、パースィにおける“Saviour Christe”と同じく神への畏敬の念が表れている。このようにコールリッジの作品は伝説の‘The Wandering Jew’、つまりパースィが編集した“The Wandering Jew”に忠実な形をとっていることがわかる。一方でシェリーの‘Wandering Jew’は神に対して冒涜的言葉を吐き、反逆的異端者という共通した特徴を持っている。その一つ神への憎しみを独白する“The Wandering Jew’s Soliloquy” は全部で29行という短い詩だが、シェリーのWandering Jew像がはっきり示されていると言える。
Is it the Eternal Triune, is it He
Who dares arrest the wheels of destiny
And plunge me in the lowest Hell of Hells?
. . . . . . .
Tyrant of Earth! Pale misery’s jackal thou!
Are there no stores of vengeful violent fate
Within the magazines of thy fierce hate?
. . . . . . .
Yes! I would court a ruin such as this,
Almighty Tyrant! And give thanks to Thee—
Drink deeply — drain the cup of hate — remit this I may die. (ll. 1-3, 11-13, 27-29)
[The Complete Poetical Works of Percy Bysshe Shelley, ed. Thomas Hutchinson (London: Oxford UP, 1952)]
まず、神に対する呼びかけは最初が “the Eternal Triune”、次に“Tyrant of Earth”そして最終的には“Almighty Tyrant”と書かれている。これはパースィにおける“Saviour Christe”やコールリッジの“holy Man”と大きく違うことがわかる。またこの詩の中では“Hell of Hells”(l. 3)という言葉や“Destruction”(l. 6)、 “Annihilation’s pyre”(l. 10)、“vengeful violent fate”(l. 12)などの激しい憎しみに満ちた表現が多用されており、Jewは伝説のように神に対して罪の反省や赦しを請うことはなく、神への恨みや冒涜する言葉で呼びかけている。そして最終的には、その神の罰である呪いに対して、下線部 “give thanks to Thee”とあるように後悔や反省の言葉ではなく、罰を罰とも思っていないような反抗的態度を示す。シェリーのWandering Jewは神に対して反抗的、挑戦的という特徴があり、これがシェリーのゴシシズムの一要素といえる。このJewはAhasuerusという名でQueen Mab(1813)やHellas(1822)にも反キリスト教的立場で登場している。
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