“The Water Is Wide” はスコットランド民謡か(1)

  演奏はもとより映画(注1)にも挿入され日本でもいくつかのCM(注2)にも使われてきたのである程度は知られている歌・曲であったが、“The Water Is Wide” は今年(2014)前半のNHK連続テレビ小説『花子とアン』に挿入されたおかげで知名度が格段に上がってきたようだ。それはそれでよいのだが、なぜか「スコットランド民謡」として紹介されることが多い(ネット上では「アイルランド民謡」とも)。ドラマ・スタッフ・ブログにも「この歌は、「The Water Is Wide」というイギリス(スコットランド)民謡です」(注3)と書かれているところから判断すると、ドラマ製作者側はスコットランド民謡と考えているようである。また、この歌をレパートリーにしているクミコさんもスコットランド民謡と紹介している(注4)。
 もう少し詳しい解説を見てみよう。クミコ版「広い河の岸辺」の訳詞をした八木倫明氏のブログには「広い河の岸辺 The Water Is Wide のルーツ」という記事(注5)があり、「《The Water Is Wide》は、スコットランド民謡としての原題を、《O Waly, Waly》 といいます。 . . . もともとこの歌は、17世紀スコットランドのバーバラ・アースキン夫人の物語に基づいています。. . . アメリカ版のこの歌を採譜して発表したのは、19世紀から20世紀にかけて活躍した英国の民謡収集家セシル・ジェームズ・シャープで、第一次大戦中アメリカに渡っていたときに収集したものです。」との解説で、エディンバラのミリタリー・タトゥーにおけるバグパイプ演奏の “O Waly, Waly”(注6) へのリンクがある。この解説によると、スコットランド民謡としては “O Waly, Waly” という曲名でそれがアメリカに伝えられて “The Water Is Wide” となりセシル・シャープが採譜したと読みとれる。このように日本では “The Water Is Wide” はスコットランド民謡であるというのが「定説」であるかのように広く伝えられている。はたしてそうであろうか。この歌の系譜をこれまで取り立てて調べたことはなかったが、1960年代ころからいくつものアメリカ版(たとえば、PPM の “There Is a Ship” などは1968年に日本で出版された彼らの歌集にも載っていた)に親しんできた筆者はスコットランド民謡とは思ってもみなかったのであらためて調べてみることにした。
 まず、英米ではたいていの場合スコットランド民謡とみなされていないようである。ブラニングズの『民謡索引』(Folk Song Index: A Comprehensive Guide to the Florence E. Brunnings Collection, Garland, 1981)にこの歌を収録した歌集は17点が挙げられているが、そこにはスコットランド民謡集が含まれていない。コールのイギリス民謡集(William Cole, Folk Songs of England, Ireland, Scotland, & Wales, Charles Hansen, 1961, pp. 22-23)ではイングランド民謡に分類されている。情報サイトのウィキペディア(注7)でも、スコットランドの歌謡との関連は指摘されているものの「イングランド起源の民謡(a folk song of English origin)」と書かれている(ついでながら、English は「イギリスの」ではない)。イギリスの民謡索引(アメリカ版も含む)としては最大と言われるラウドの民謡索引(注8)では、Roud number 87 として96点、“Waly, Waly” では77点の記録があり、そこにシャープの民謡集も含まれるが、“The Water Is Wide” と題するスコットランド版は見当たらない(“Waly, Waly” がスコットランド歌謡とは理解されるが)。最近ではスコットランドのアーティスト(Runrig(注9) や Alex Beaton など)も歌っているとしても数がすくない。ただし、シャープ版(以下参照)をスコットランド歌謡に含めている例(たとえば、Moira Anderson, 20 Scottish Favourites (LCOM9033, 1990) の “O Waly Waly”; Norma Munro, Scotia's Gold (WEE002, 2006) の “The Water Is Wide”)がないわけではないので、スコットランドでも自分たちの民謡と受け取る人はいる。それでは何を根拠にしてスコットランドの歌である(ないしは、「であった」)と言えるのだろうか。
 そこで、 “The Water Is Wide” の成立から考えてみることにした。現行版はセシル・シャープがいくつかのサマセット州(イングランド)のヴァージョンを寄せ集めて作り上げた歌で、自分のサマセット民謡集に “O Waly, Waly” と題して載せた。歌詞中に “O waly, waly” の文言がなく曲もスコットランドの “O Waly, Waly” とはまったく異なっていたが、それにもかかわらずこの題名を採用したのはスコットランド版との関連が強いと信じたからである(このことによってあたかも同名のスコットランド民謡と同じ歌であるかのような誤った推測を生じさせることになる)。現在の “The Water Is Wide” はこのようにして誕生した。なお、シャープがアメリカで採録という話は、おそらくこの歌をアメリカで流行らせたピート・シーガー(Pete Seeger)の誤解から生じたもので、誤りである(年代からしても彼がアメリカに行く前に出版された)。初出のシャープとマーソンとの共著『サマセット民謡集・第3集』(Cecil Sharp and Charles Marson, Folk Songs From Somerset. Third Series, London: Simpkin & Co. and Schott & Co., 1906, pp. 32-33)(注10)に載ったヴァージョンを上に、その後にアメリカで出版された『イングランド民謡100曲集』(Cecil Sharp, One Hundred English Folk Songs, New York and Boston: Oliver Ditson, 1916, pp. 90-91)(注11)のヴァージョンを下に紹介する(旋律はどちらも現行版とほぼ同じ)。下線部は注目される相違箇所である。

          O WALY, WALY (1906)
1. The water is wide l cannot get o'er
    And neither have I wings to fly.
    Give me a boat that will carry two
    And both shall row, my Love and I.

2. O, down in the meadows the other day
    A-gath'ring flow'rs both fine and gay,
    A-gathering flowers, both red and blue,
    I little thought what love can do.

3. I put my hand into one soft bush
    Thinking the sweetest flower to find.
    I pricked my finger right to the bone,
    And left the sweetest flower alone.

4. I leaned my back up against some oak
    Thinking that he was a trusty tree:
    But first he bended and then he broke;
    And so did my false Love to me.

5. A ship there is and she sails the sea,
    She's loaded deep as deep can be,
    But not so deep as the love I'm in:
    I know not if I sink or swim.

6. O, love is handsome and love is fine,
    And love's a jewel while it is new,
    But when it is old, it groweth cold
    And fades away Iike morning dew.

          O WALY, WALY (1916)
1. The water is wide, I cannot get o'er
    And neither have I wings to fly.
    O go and get me some little boat
    To carry o'er my true love and I.

2. A-down in the meadows the other day,
    A-gath'ring flow'rs, both fine and gay,
    A-gath'ring flowers, both red and blue,
    I little thought what love could do.

3. I put my hand into one soft bush
    Thinking the sweetest flow'r to find,
    I prick'd my finger to the bone,
    And left the sweetest flow'r alone.

4. I lean'd my back up against some oak,
    Thinking it was a trusty tree.
    But first he bended and then he broke,
    So did my love prove false to me.

5. Where love is planted, O there it grows,
    It buds and blossoms like some rose;
    It has a sweet and a pleasant smell,
    No flow'r on earth can it excel.

6. Must I be bound, O, and she go free!
    Must I love one that does not love me!
    Why should I act such a childish part,
    And love a girl that will break my heart.

7. There is a ship sailing on the sea,
    She's loaded deep as deep can be,
    But not so deep as in love I am;
    I care not if I sink or swim.

8. O love is handsome and love is fine,
    And love is charming when it is true;
    As it grows older it groweth colder
    And fades away like the morning dew.  

 シャープは曲を “Down in the meadows the other day” で始まる版(1905年に採録)から採用した(つまり、曲はイングランド版である)。そして現行普及版とはまったく異なる曲が付いていた “The water is wide and I can't get over” の歌詞(1906年に採録;これもイングランド版)を1番に据えて組み合わせ、いくつかの版から採った歌詞を追加した(第1連は下の版のほうがオリジナルである)。また、あちこちで語句を修正した。彼がサマセットのフィールドワークで採録した5点のうち3点の記録(歌詞と曲、採録の場所・年月日・歌い手)はMaud Karpeles, ed., Cecil Sharp's Collection of English Folk Songs, vol. 1 (Oxford University Press, 1974), pp. 171-73 に載っているので比較対照ができる。シャープ版の素材は当時のブロードサイド版が民謡化したものであった。このように部分部分は既存のものを利用したのでシャープのオリジナル作品とは言い難いが、それまでどこにも存在していなかった「新しい」歌ができあがった。つまり、19世紀に現行版の歌詞と旋律による “The Water Is Wide” はイングランドにもスコットランドにも存在していなかった。ロバート・バーンズのソングが彼の作品ならば、これはセシル・シャープの作品と考えることも可能かもしれない。その後歌詞や旋律をいくらか変えたさまざまな編曲バージョンが生まれたが、基本的にはこのシャープ版が元歌である。    


(1) Internet Movie Databaseよると『激流(The River Wild)』など9点ある。
(2) トヨタ ベルタ(2006);三井のリハウス(お父さんの口ぐせ篇)(2006);尼崎競艇CM;SONYデジタル一眼カメラα7など。
(3) 花子とアン ドラマスタッフブログNHK(2014年04月11日 (金)の箇所を参照)
http://www.nhk.or.jp/drama-blog/4030/ 
 また、以下の図書館による調査では「◎曲名は、スコットランド民謡 “The Water is Wide” 別名 “O Waly Waly” または “Waillie, Waillie”;邦題「悲しみの水辺」;*本来「O Waly Waly」という歌であるが、19世紀に「The Water is Wide」として知られるようになった。1724年、C. Sharpによって出版された英国サマーセット地方の民謡。(CD「Salley Garden」解説より)」と、スコットランド起源とは矛盾する解説が引用されている(「1724年、C. Sharpによって」と「19世紀に」という誤りについては本稿の本文をお読みください)。サマセット地方をスコットランドと誤解したのであろうか。  NHK連続テレビ小説「花子とアン」で、スコット先生と「はな」が歌った歌。(レファレンス協同データベース) http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000152203
(4) クミコ「広い河の岸辺 ~The Water Is Wide~」(NHK「歌謡コンサート」より)  
(5) Duo QuenArpa 公式ブログ 広い河の岸辺 The Water Is Wide のルーツ
http://blog.livedoor.jp/quenarpa/archives/50984929.html
(6) O Waly, Waly (Military Tattoo Edinburgh 1998)
http://www.youtube.com/watch?v=49McH1hjUpE
背景の朗読はChild #204B (Kinloch MSS) の冒頭であるが、この旋律でこの歌詞が歌われたわけではない。
(7) The Water Is Wide (song) - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Water_Is_Wide_(song)
(8) Roud Folksong Index
http://www.vwml.org/search/search-roud-indexes
(9) The Water Is Wide – Runrig
http://www.youtube.com/watch?v=851tCIqBokA
(10) Folk Songs from Somerset (Sharp, Cecil)  
(11) One Hundred English Folksongs, Cecil James Sharp
https://archive.org/details/onehundredengli00shargoog