Scottish Traveller Projectから14年後のアバディーン     山崎 遼

 

2017年にアバディーン大学エンフィンストーン研究所での留学を終えて丸二年が経過した。今思い返しても、欧米民俗学の基礎を体系的に教わることができたのは非常に幸運であり、当時の蓄積が自分の大きな基盤になっていると実感することが多々ある。ここでは当時の体験を少し振り返りながら、そこでの学びを改めて共有してみたい。

プログラムの最初に数回に渡って行われた講義は”History and Development”と銘打たれていた。すなわち欧米民俗学の学史である。学史を知ることで、どのような歴史的背景の中で欧米の民俗学が生まれ、どのように発展してきたのかを理解することができた。さらに、その流れの中でどのような理論が打ち立てられ淘汰されてきたのかを知ることで、現在どのような理論的枠組みの中で研究が遂行されているのかを知ることができた。そのため、学史および理論はあらゆる領域において初学者には必須の知識だと強く信じるに至った。

これまで学史や理論を体系的に教わった体験がなく、その重要性すら認識してこなかった。学部から学んできた文学研究では「文学史」は必ず教えられたが、文学研究史や文学理論の授業はなかった。学部の概論で新批評について簡単に触れられた程度である。後になって英文学研究の歴史を紐解いてみると、19世紀中葉に英文学がいかにして学問としての形を成し始め、20世紀初頭に歴史学、言語学、哲学といった周辺領域からその独自性を確立しようとし(新批評はこの流れの中で登場する)、そして袂を分かった諸領域と1960年代以降どのように繫がりを取り戻そうとしてきたかをようやく理解することとなった。そして、これまで行ってきた自らのバラッド研究も、こうした学問の流れの中で見れば文学研究でいう新批評、民俗学でいう文献学の時代のアプローチから何ら進歩していないことを痛感させられたのであった。

学史および理論と並行して、前期にもう一つ重点的に教わったのはフィールドワーク及びインタビューの手法や機材の使用法であった。民俗学を特徴付けるフィールドワークには様々な要素が絡み合っており、研究活動の中でも最も刺激的でありながら最も難しく注意を要する場面である。授業では実際に教員らとフィールドトリップを行い、協力者との関係の構築法、空間の分析法、機材の用法に至るまでを丁寧に教わった。後期に入ると民俗学の様々な事例研究に触れ、これにより民俗学の実践方法を(前期とは異なり)帰納的に理解することができた。

この(1)学史、(2)理論、(3)研究方法はあらゆる研究における三本柱であり、これらを踏まえた上で膨大な量の事例研究に触れて感覚を磨くことが研究の最初のステップであるべきだと強く感じるようになった。留学先ではこれらを体系的に学べるようコースが緻密に設計されており、一年間という短い期間で最低限の基礎を身につけられる指導が行われていた。

そのエルフィンストーン研究所にとって2019年という年は特別な年である。かつて本研究所で研究員として勤務したStanley Robertsonの没後10年となる年だからである。彼はスコットランドの少数民族であるスコティッシュ・トラベラーの語り部、歌い手、バグパイプ演奏者、作家で、伝説的な歌手Jeannie Robertsonの甥にあたる。彼は2002年から2005年にかけて本研究所で行われた”Oral and Cultural Traditions of Scottish Travellers”(通称”Scottish Traveller Project”)というプロジェクトでキーワーカーとして活躍した。本プロジェクトは消えゆくトラベラー文化を収集・保存し、トラベラー以外の人々に対して発表・共有することを目的としていた。このような場合、外部者である研究者が対象集団に接触してインタビューしていくことが一般的な方法である。しかし、このプロジェクトを発案した当時の所長Dr Ian Russellは、この活動が確実にトラベラーにとってのエンパワメントになるよう当事者であるトラベラーのRobertsonを起用した。内部者をフィールドワーカーに据えたプロジェクトは英国初であり、研究者と研究対象のパワーバランスに変革をもたらすという意味で、フィールドワーク理論の面からも革新的なプロジェクトであった。

エルフィンストーン研究所は本年を通してRobertsonの記念行事を散発的に行っており、彼がかつて在籍した地元の語り部の団体Grampian Association of Storytellersも特別企画を行なっている。また11月上旬には研究所と所縁の深いDavid G. Pullarが、彼の曽祖母であるトラベラーBetsy Whyteの自伝The Yellow on the Broom (1979)を児童書版の絵本にし、Wee Bessie という題名で出版する予定である。Whyteによるオリジナル版はトラベラーによる著作の記念すべき第1作であり、Adam MacNaughtanによって同名の歌まで作られているほど認知度は高い。今年のスコットランドはトラベラーやその著作に関するニュースで盛り上がりを見せている。私も2月にアバディーンを訪問する予定であるが、その際にはこれらの余韻を少しでも味わえればと今から楽しみにしている。(立命館大学大学院博士後期課程)

[日本カレドニア学会 Newsletter (Sep. 2019) 66: 2; 日本カレドニア学会より転載許可(2020/3/31)]