「バラッド」という言葉には哀しく美しい響きがあります。そしてその音楽にも同様に哀愁を秘めた美しい旋律と哀しい物語があります。それだけで何と も魅力的に思えるのは私だけでしょうか。子供の頃、空想家で本を読むのが大好きだった私には、吟遊詩人やお姫様や騎士が出てくる中世の時代の物語はとても 魅力的でした。でも大人になった今もっと違うものに魅力を感じます。それは感じ方が変わったからだけではなく、バラッドを歌ったことが大きいと思います。 歌って理解出来たことがたくさんあるのです。
トラッドに出会って30年以上、それを主軸に歌いはじめてから9年。でもトラッドの世界は妖しく深遠で、どんなに歌っても底のない井戸のような音楽です。その魅力を言葉で書き表す力はありませんが、歌でそれが出来たらと日々歌い続けています。
ト ラッドは感情を入れずに淡々と歌うのが特徴です。でもそれは歌う側からするととても難しいのです。自分を出さない、歌いすぎない。ある言い方をすれば「前 に出ない」で歌うのです。なにせ音楽が主役ですから…。そしてバラッドはその中でも特に歌うのが難しい曲です。淡々としている上に長い。つまり変化がない のですから、ある程度実力がないと形になりません。仕事柄さまざまな歌を歌って来ましたが、一番難しいと思っています。
バラッドは物語で すから内容を伝える為には、出来るだけフルサイズで歌いたいのですが本来の長さで歌う機会はほぼありません。時間的な問題が一番の理由ですがまだまだ実力 が足りません。6分以上(中には10分を越える曲も)もある曲を淡々と歌うのは本当に難しいのです。でもいつかはと虎視眈々と機会を狙っています。
も うひとつ歌う上でトラッドもバラッドも他の音楽と違う事があります。本当に時々ですが、何か自分以外の力に支えられて歌っていると感じる時があるのです。 普通それを音楽の力という言い方をするのでしょうが、私はもう少し違うものだと思っています。「トラッドは民衆の歌である」と言った人がいるのですが、ま さしくその過去の民衆の力のような気がするのです。それは妖しい呪術のようでもあり、地面から湧き出る力のようであり、中世の時代の妖しい森の中にいるよ うでもあります。
私は9年前からgreyish glowというグループで活動しています。主にブリティッシュ・トラッドを演奏しているグループで、最初女性3人の無伴奏シンギングユニットとして活動を 開始しましたが、今はボーカル2人、ギター1人の3人で活動しています。以前より演奏出来る曲も演奏する機会も格段に減りましたが、今が一番充実している と感じています。昨年からは縁があって「バラッドを歌う」という企画コンサートも行っています。
大人になった今、おとぎ話のような物語より実際にあった戦争の歌や哀しい恋の歌により心惹かれるのですが、如何せん情報が足りず勉強も足りず、コンサートの度に四苦八苦しながら資料を集めています。まだまだ知識も歌う力も足りません。
それでもトラッドを、そして「バラッド」をこれからもずっと歌いつづけて行くことだけは確かだと思います。いつかどこかでその音楽をお聞き頂けたら幸いです。