George Mackay Brown: アザラシ伝説とバラッド

 I am a man apo the land,

I am a selkie I’ the sea,

My home it is the Soola-Skerry

An’ a’ that’s there is under me.

上記のスタンザは、詩人で小説家のジョージ・マッカイ・ブラウン(George Mackay Brown, 1926-96)の作品、“5 Poets: The Ballad Singer” (An Orkney Tapestry, 1969)でうたわれる伝承バラッドの1節である。Child版の“The Great Silkie of Sule Skerry”(No.113)の作品では第3スタンザに該当する。スール・スケリー(Sule Skerry)はスコットランド本島の北東に位置するオークニー諸島(Orkney Islands)のMainland北西に浮かぶ島である。オークニーではアザラシ(selkie)は昼と夜の間(あわい)に、あるいは潮の干満によって アザラシの皮をぬぎ、人間の姿になることができると考えられてきた。5000年以上にわたって人々が住み続け、地理的にはノルウェーにも近く冬が長いオー クニーにはアザラシ伝説を始めとして語り継がれてきた物語が豊富に残されている。この地で生まれ育ったブラウンは、これらの伝説を取り入れた作品を数多く 著しているが、その中でもアザラシ伝説は特に好んで用いた題材である。本稿ではブラウンとバラッドの接点を探り、彼の作品におけるアザラシ伝説とバラッド について一考する。

先ず、ブラウンとバラッドとの出会いは、生前に書き上げていたという自叙伝(1)から明らかである。家庭では、郵便配達夫兼仕立屋の父Johnがいつもエ ドワード王朝風の音楽ホールで歌われるバラッドや賛美歌を自慢のテノールで朗々と歌 い、サザランド州ストラシー、ブラール村生まれの母 Mhairiはケルトの吟唱詩人たちのバラッドをよくつぶやいていた。また10歳年上の姉Rubyが5,6歳の頃いろいろ語って聞かせた“Willie Drowned in Yallow” (Child, No.115)を始めとする悲恋物語や、学校で習う詩やスコッティッシュ・バラッド、旧約聖書はブラウンの想像力を大いに刺激したという。このようなこと からバラッドはブラウンの日常生活に小さい頃から溶け込んでいたと言えよう。また作家として大きな影響を受けたというサガから学んだ純粋な物語としての形 式や感情を交えない素朴で簡潔な語り口は、様式化された語りのバラッドに共通するものである。Alan Bold (1943-98)は、ブラウンの詩の特徴について次のように述べている。 “…, Brown adheres above all to the strong rhythms of the oral tradition ― as preserved in the ballads and the sagas. Whatever the idiom, he tries to speak for a whole people and he always expresses himself eloquently in a clear Orkney accent. It is a way of saying extraordinary things in an apparently ordinary way.” (George Mackay Brown, p. 49)

さて、 Child 版の“The Great Silkie of Sule Skerry”は、アザラシと人間の女との間に生まれた幼い男の子をめぐるわずか7スタンザのストーリーである。歌を口ずさみながら子守をする女にその子 の父親を名乗るアザラシが現われてスール・スケリー島に子供を連れ帰ろうとする。最後のスタンザで子供も自分も女の結婚相手に殺されると予言してストー リーは唐突に終る。ブラウンが創作したアザラシの物語は、冒頭の“5 Poets: The Ballad Singer” (An Orkney Tapestry, 1969)“や、“The Seal King” (The Two Fiddlers, 1974), “Sealskin” (Hawkfall, 1974),“The Press-Gang and The Seal Dance (Beside the Ocean of Time, 1994), “The Island of the Women” (The Island of the Women and Other Stories, 1998) の5作品が挙げられる。ストーリーに若干の違いはあるもののChild版に相応する物語は、“5 Poets: The Ballad Singer”, “The Seal King”, “The Island of the Women”である。各作品にはブラウンの豊かな想像力によって様々な色付けがなされているが、“5 Poets: The Ballad Singer”は、物語の中で93スタンザにものぼるバラッドがうたわれるという興味深い内容である。しかも注目すべきは、そのバラッドはWalter Trail Dennison (1825-94)蒐集による“The Play o’ De Lathie Odivere”(2)が、 最も古いオークニー方言を少し変えてそのまま引用されていることである。Dennisonは19世紀半ばSandayに伝わる民間伝承を数多く採集し、現 在オークニーに残る民話の基礎を築いた人物である。このバラッドを最初に聞いておよそ50年、その断片を集め続けて40年が経つと解説に記している。 Child版とのスタンザ数やタイトル、ストーリーの違いについての検証は別の機会に譲るが、Dennison版は、スタンザ数がFirst Fit 11、Second Fit 21、Third Fit 24、Fourth Fit 25、Fifth Fit 12よりなる。物語は各Fitの合間に登場人物のEarl Patrickや名士たちがそれぞれ詩や詩の役割について語るという構成で、ballad singerのCorston the poetがこのLady Odivereのバラッドを見事にうたい上げる様が筋立てに巧みに織り込まれている。“He(the ballad singer) was nothing; but while the ballad lasted these great ones of Orkney were his utterly, he could make them laugh or weep as he chose, or beg for more like dogs. His slow formal chant probed them to their innermost sanctuaries; showed them, beneath their withering faces, the enduring skull; but hinted also at an immortal pearl lost under the vanities and prodigalities of their days.”(OT. p.154)

“In Norowa a lady bade, / A bonny lass in muckle gear, / And it was smoothly sung and said, / She was a lady sweet and fair.”で始まるこのバラッドは、“The Seal King”と “The Island of the Women”の作品にも共通するモチーフ、つまりノルウェーの王女と邪悪な心を持つOdivereの結婚、夫の留守中に訪れるアザラシ人間、Lady Odivereの不貞、Odivereに殺される子供のアザラシ、金の鎖、火あぶりの刑、クジラの大集合などが用いられ、愛、裏切り、別れ、死という普遍 的なテーマが織り込まれている。

このように同じ題材に切り口を変えながら刻み込んでいく手法はブラウンの特徴のひとつであるが、そこにはオークニーの歴史や風土を背景に脈々と語り伝えら れてきた「全部族、全共同体の作品」を何とか後世に伝えたいとの彼の強い思いがあったと思われる。ブラウンは他にも伝承バラッドと同じ材を扱った物語やバ ラッド、バラッド的な詩を創作しているが、その呼び水となったのはChild 版のバラッドであろうか、あるいは民話だったのであろうか。いずれにせよ伝説と伝承バラッドはブラウンの想像の源であったに違いない。

註:

(1)  George Mackay Brown, For the Island I sing (London : John Murray, 1997) 17-42.

(2)  Walter Trail Dennison, Orkney Folklore and Sea Legends (Kirkwall: The Orkney Press, 1995). これより以前1894年に、DennisonはOrcadian Folklore: Sea Myths (The Scottish Antiquary)を出版している。