不貞女性に厳しいアーサー王―アイスランド版『少年とマント』―(1)     林 邦彦

 チャイルド採録のバラッドの中に『少年とマント』(The Boy and the Mantle, Child 29)という作品がある。この作品はアーサー王の宮廷に持ち込まれた、とある魔法のマントが巻き起こすちょっとした騒動を物語ったもので、以下のように「魅惑の物語世界 やまなか・みつよしのバラッド・トーク」の中で紹介されており、既にお読みになった方も多いかと思われる:  https://www.balladtalk.com/61-80/76-74.html

 実はこの物語はアイスランドへも伝播し、中世期にはこの物語を扱った文学作品としては、現存するだけでも二つの作品が生まれている。
  本稿では、まず最初にこの「少年とマント」の物語がアイスランドに伝播した経緯について簡単にご紹介し、その後、この物語を題材として中世期のアイスランドで生まれた作品のうち、特にアイスランド独自の文化事情が色濃く反映したと思われる作品を中心にお話しさせていただきたい。

『少年とマント』の物語のアイスランドへの伝播

 『少年とマント』の物語がアイスランドに伝播したのには、13世紀中頃のノルウェー王ホーコン4世(Hákon Hákonarson、在位1217-1263年)の果たした役割が大きい、
 ホーコン4世は在位中、アーサー王伝説やトリスタン物語を扱ったものなど、主としてフランス語による何点もの外国の文学作品について、自国語への翻案を指示したと言われているが、そのうちの一つが、『少年とマント』の物語を扱ったフランス語による『短いマントの短詩』(Le lai du cort mantel)と呼ばれる作品(作者不詳)である。
 この『短いマントの短詩』は13世紀にノルウェー語に翻案された後、そのノルウェー語版がさらにアイスランド語へと翻案されたと考えられており、今日では『マントのサガ1』(Möttuls saga)と呼ばれる作品となって、1300年以降のものとされる複数のアイスランド語の写本によって伝承されている(ただし、ノルウェー語の写本は現存しない)。
 今日伝承されている『マントのサガ』はアイスランド語の散文による作品である。その物語は、基本的には『短いマントの短詩』の物語を踏襲したものであり、これら2点の作品は以下のような物語を伝えている:
 アーサー王の宮廷で聖霊降臨祭2の祝宴が行われ、男女を問わず大勢の高貴な身分の者達が宮廷に集まる。食事の用意ができるが、アーサー王は何らかの冒険をめぐる知らせを耳にしない限り食卓に着かないのが習慣で、食事が取られない状態が続く。
 そこへある若者が馬に乗ってやって来て、アーサー王に面会を求める。若者はある魔法のマントを携えており、このマントは貞操に問題がない女性にはぴったり合うものの、貞操に問題がある女性が着用すると、その問題のありように応じてマントが変形し、体の大きさに合わなくなるという性質のものだという。
 すぐに宮廷内にいた女性達がすべて集められ、アーサー王妃から順番に試着を始めるも、アーサー王妃を含め、誰一人としてマントの合う女性は見つからない。
 その場にいた女性全員が試着を終えた段階で、アーサー王は、宮廷内にまだ残っている女性がいないか確認させると、一人の若い女性が見つかる。
 この女性が試着をすると、マントはぴったりと合い、周囲の称賛を浴びる。マントは彼女に与えられ、このマントを宮廷へ持参した若者は宮廷から立ち去る。
 その後、食事が行われ、マントの合った女性は恋人の男性とともに宮廷を発ち、その後、そのマントはある修道院に預けられる。以上が『短いマントの短詩』および『マントのサガ』の物語である。

 このように、この『マントのサガ』という作品は、アーサー王の宮廷を舞台としたもので、アーサー王自身や、その宮廷に所属する有名な騎士達も登場するが、騎士達の冒険の場面があるわけではなく、物語はほとんどアーサー王の宮廷内で進行する。
 そして、この『マントのサガ』と呼ばれる作品はその後、アイスランドにおいて、「リームル」(rímur)と呼ばれるアイスランド独自の形式の物語詩へと翻案されている。『マントのリームル』(Skikkjurímur)と呼ばれている作品である。
 「リームル」(rímur)とはrímaという語の複数形で、この作品自体は3つのrímaと呼ばれる部分から構成されている。
 この『マントのリームル』は、恐らくは15世紀にアイスランドで著されたものと考えられており、本作を伝える写本としては、1470-80年頃の作成とされる写本1点と、17世紀の作成とされる写本2点の、計3点が現存している。
 この『マントのリームル』の内容は、大筋では『マントのサガ』の物語と共通するものであるが、いくつかの点で独自の改変が加えられており、そうした改変の中でも特に目立つものとして、『マントのサガ』と比べ、『マントのリームル』の方では、アーサー王とその臣下の騎士達との間が良好な関係にある様が、作品全体を通して強調して描かれる形になっている点、および、『マントのリームル』においては、魔法のマントの試着によって不貞が発覚した宮廷の女性達に対し、アーサー王が断固たる措置を講ずる点が挙げられる。
 このうち、本稿では以下、特に後者の「魔法のマントの試着によって不貞が発覚した宮廷の女性達に対し、アーサー王が断固たる措置を講ずる」という点について見てゆきたいと思う。(続く)

(注)
(1)「サガ」(saga)とは、アイスランドで主として12世紀から14世紀にかけて書き記されたとされる散文の書物。sagaとは元々は「物語」「歴史」を意味するアイスランド語の単語である。
(2)イエスの復活後50日目に、集まって祈っていた聖母マリアや信徒達の上に聖霊が降臨したことを記念するキリスト教の祝祭日。