不貞女性に厳しいアーサー王―アイスランド版『少年とマント』―(2)   林 邦彦

不倫関係発覚後の女性に対する断固たる措置をめぐって

 サガ(以下、特に断りなく「サガ」と記す際には『マントのサガ』を指す)では女性達がマントを試着した結果、一人を除き、その場にいたすべての女性達の不貞が明らかになると、

(1)enn konungr settíz þa til bordz ok òll hírd hans ok máá þat med sónno seggía ath þar sáát margr godr Riddari angradr saker sinnar vnnasto. Enn Artus konungr lett veíta hírd sinní med suo myklum kostnadí hefer verith ónnur þuilik veizla veít ne þegín. アーサー王は騎士達ともども食卓についた。多くの立派な騎士達は恋人たちの事で悲しんでいたが、アーサー王は宮廷人達に対し、大金を叩いて類例のないほどの立派なもてなしをした。(67・69頁(1))。

とあり、みなが満腹になると、唯一マントが合った女性の恋人であるカラディーン(Karadín)という人物は王に暇を請い、喜びのうちに恋人と一緒に宮廷を出発する。
 一方、リームル(以下、こちらについても同様に、特に断りなく「リームル」と記す際には『マントのリームル』を指す)では、一人を除き、その場にいたすべての女性達の不貞が明らかになると、

(2)Fylkir talar við fljóðin ọll: / „fari þér burt úr minni họll, / lotning fái þér litla hér, / þér lifið við skọmm sem makligt er“. 王はすべての女性達に言った、「直ちに私の宮廷から出てゆくのだ。そなたらはここでは、ろくに名誉に輝くことはない。恥にまみれて生きるのだ。それがそなたらにはふさわしいのだ。」(第Ⅲ ríma、第76スタンザ、352頁)

  Kóngrinn talar við kappa sín: / „kunnig sé yður ætlan mín, / þér munuð vekja vigra skúr, / því vér skulum sækja oss betri frúr“. 王は彼の勇者達に言った、「そなたらに私の計画を知らせる。そなたらは休むことなく戦に励むのだ。我々はもっと立派な婦人方を探すべきだからだ。」(第Ⅲ ríma、第77スタンザ、352頁)

  Ýtar sóru á oðlings náð / alla sína breytni ok ráð; / riddara sọgurnar rísa af því, / at rekkar kómu þrautir í. 臣下達は自分達の行動や決断すべてにおいて王の意に沿うことを誓った。そこから騎士の物語(サガ)が生まれるのであり、騎士達は大変な辛苦に身を投じるのである。(第Ⅲ ríma、第78スタンザ、352頁)

  Síðan endaz veislan væn, / virðar þágu af kóngi lén; / ọðling sinnar æru naut, / allir fóru með gjọfum á braut. やがてこの豪華な祝宴は終わり、臣下の者達は王から報酬をもらった。王は名声に浴し、みなが贈り物をもらって帰った。(第Ⅲ ríma、第79スタンザ、352頁)

という経過をたどる。ここではサガの該当場面では触れられていない騎士達の武勇が前面に出され、さらに臣下の騎士達は王に追従の意志を示し、アーサー王と臣下の騎士達との間の良好な関係を印象付ける形となっている。
 しかし、ここではこの、リームルにおいてアーサー王が、不貞が明らかになった女性達をみな追放する、という要素が持つもう一つの別の側面について考えてみたい。それは、リームルでは不倫関係の発覚後、不倫に関わった女性達はアーサー王から厳しい処分を受けながら、一方の男性(アーサー王宮廷の騎士も含むと思われる)側は、過ちを見逃されてまで、王との良好な関係が強調されているという点である。
 と言うのも、リームルではサガとは異なり、不倫という行為に対し、王が断固たる措置を講じるが、不倫という行為は当然男性と女性がいてこそ成立する行為である。また、アーサー王宮廷の女性が不倫に関わっていたのであれば、その相手の男性がアーサー王宮廷の騎士である可能性は十分にあろう。しかし、リームルではあくまで先の引用の様に、アーサー王が追放したのは女性達だけで、男性の追放者がいたとの記述や、不貞が明らかになった女性達の個々の不倫相手の男性を突き止めようとの動きがあったという記述はない。したがって、不倫相手の男性側が何らかの処分を受けたとの記述もない。一方、女性に関して言えば、アーサー王は不貞が明らかとなった女性達をみな追放したとあるが、最初にマントを試着し、不貞が明らかとなったのはアーサー王妃であるから、不貞が明らかとなった女性達をみな追放したのであれば、王は自らの妃までこの場で追放したことになる。たとえアーサー王宮廷の騎士達が不倫に関わっていたとしても、彼らには何の落ち度もなく、一方的に女性から被害に遭わされたのであり、悪いのは女性達だとでも言わんばかりである。
 本稿では詳しくは触れなかったが、実はリームルでは問題のマントが宮廷に持ち込まれる前の段階で、アーサー王宮廷の騎士達が武勇に秀でていた様や、騎士としての積極性、名誉に敏感な様、騎士達の連帯感、アーサー王宮廷の騎士としての自覚の強さ、そしてアーサー王を敬愛していた様子が立て続けに記され、それと同時にアーサー王にとっては、このような傑出した騎士達が「親愛なる人物」、「友人」といった大切な存在であったことが繰り返し記され、強調されているのである。こうした記述は、アーサー王と臣下達の間の良好な関係を作品の受容者に強く印象付けるものであるが、これらはすべてサガには見られない記述である。
 しかし、魔法のマントによって宮廷の女性達の不貞が発覚した後の成り行きを見れば、本作ではこのアーサー王と臣下の騎士達との間の良好な関係は、ただ臣下の騎士達の武勇や騎士としての姿勢、および彼らが日常的にアーサー王を敬愛している様を描くことで表されているだけではなく、いわゆる男女関係においても、不倫の発覚後、女性は格段に冷遇されている一方で、男性(アーサー王宮廷の騎士も含むと思われる)は不倫に関わっていたとしても不問に付されるという形で、同様に騎士達と主君たるアーサー王との良好な関係が前面に出されていることがわかる。(続く)

(注)
(1)本稿で使用した原典については本稿の第三部「不貞女性に厳しいアーサー王―アイスランド版『少年とマント』―(3)」の末尾に記載。『マントのサガ』のこの版では、『マントのサガ』のアイスランド語原文と、フランス語の『短いマントの短詩』の原文が対の形で掲載されており、ここでは『マントのサガ』のアイスランド語原文の記載頁のみ記した。