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“The Water Is Wide” はスコットランド民謡か(2)
[櫻井雅人_(2014/12)]
スコットランド起源説で証拠とされるのは、おそらくアラン・ラムジー編『茶卓雑録集』(Allan Ramsay, The Tea-Table Miscellany, vol. 2, 1725/26; 10th ed., 1734, pp. 179-80)12 に収録された “Waly, waly, gin Love be bony”(および同系統のヴァージョン)と思われる。ラムジー版は歌詞のみであるが、楽譜はウィリアム・トムソン編『オーフィアス・カレドーニアス』(W[illiam] Thomson, Orpheus Caledonius, London: Engrav’d & Printed for the Author, 1725, no. 34; 曲名は “Wale’ Wale’ up yon Bank”; 第2版第1巻(1733, pp. 70-73)ではタイトルを “Waly, Waly” に変更して歌詞を追加)13、『スコットランド歌謡30曲集』(Thirty Scots Songs for a Voice & Harpsichord: The Music Taken from the Most Genuine Sets Extant; The Words from Allan Ramsay (Edinburgh: Printed for and sold by R. Bremner, n.d. [1757], p. 12)14 などにある(収録歌集について詳しくは注(8)の Roud Folksong Index を参照)。スコットランド版である本来の “O Waly, Waly” は18 – 19 世紀には歌詞も旋律も記録が少なくないので広く歌われていたようであるが現在ではほとんど知られていない。以下にラムジー版冒頭の2連を引用する。下線部は『サマセット民謡集』版の4番と6番(一部)と共通する。しかし、前述のとおり、曲はまったく異なり “The water is wide” の歌詞もなかったが、シャープは歌詞の一部(特に4番)が類似していることによって「同じ」歌とみなして自作のイングランド版に “O Waly, Waly” とのスコッツ語のタイトルを流用したのである(多くの民謡はタイトルがなかったり、さまざまなタイトルで呼ばれることが多いが、印刷版ではタイトルが必要になる)。シャープ版(つまり現行版の “The Water Is Wide”)はスコットランドの “O Waly, Waly” を作り直したものでもその直接の後継でもない。どうやら、歌詞の一部はスコットランド民謡と関連があるという認識から歌全体もスコットランド民謡であったと解釈されたようである。ついでながら、Scottish National Dictionary によれば、waly とは “As an exclamation of sorrow: alas!, woe is me!, oh dear!” であり、ラムジーからのこの歌詞が引用されている。
O, waly waly upon the bank
And waly, waly down the brae,
And waly waly yon Burn-side
Where I and my love wont to gae.
I leaned my back unto an Aik
I thought it was a trusty tree
But first it bow’d and syne it brak
Sae my true Love did lightly me.
O waly, waly, but love be bony
A little Time while it is new,
But when ‘tis auld it waxeth cauld
And fades away like Morning Dew.
O wherefore should I busk my Head,
Or wherefore should I kame my Hair?
For my true Love has me forsook,
And says he’ll never love me mair.
これらに共通する歌詞とはいわゆる浮動節(floating verse)で、日本民謡における「めでためでたの若松さまよ」のようなものである。バラッドを例にとると the rose-briar stanza が有名でいくつもの異なった歌に挿入されている(“Earl Brand” (Child #7 B, C, I), “Fair Janet” (#64), “Lord Thomas and Fair Anne”” (#73), “Fair Margaret and Sweet William” (#74), “Lord Lovel” (#75), “Lady Alice” (#85), “Prince Robert” (#87); ただし、チャイルドのバラッド集の “Barbara Allan” (#84) には付いていないが他の多くのヴァージョンにはある;詳しくは Natascha Würzbach and Simone M. Salz, Motif Index of the Child Corpus: The English and Scottish Popular Ballad, Walter de Gruyter, 1995 参照)。それゆえ、浮動節は関連を示すものではあるが「同じ」歌とみなす証拠ではない。 本来の “O Waly, Waly” とチャイルド204番の “Jamie Douglas”15 とが関連することはほぼ確かであろう。しかし、後者は(1)で引用した解説の「17世紀スコットランドのバーバラ・アースキン夫人の物語」ともされるが、“O Waly, Waly”(抒情民謡)が “Jamie Douglas”(バラッド)に「基づいています」と言うのは賛成しかねる。“Jamie Douglas” の一部が独立して “O Waly, Waly” になったとも考えられるが、どちらが先かもはっきりしない(初出の記録に従う限り、以下の1776年のハード版 “Jamie Douglas” よりは上の1725/26年のラムジー版 “O Waly, Waly” のほうが古い)。さらに、“O Waly, Waly” の成立年代に関して、ジョーセフ・リトソンは『スコットランド歌謡集』第1巻 (Joseph Ritson, Scotish Song, vol. 1 (London: J. Johnson and J. Egerton, 1714), pp. xlix-l)16 において “Waly, waly up the bank” が “is … cited in a strange but curious, and apparently antique musical medley published in 1666” と、またジョン・ギルクリストも『古今スコットランド・バラッド・物語・歌謡集』第2巻(John Gilchrist, A Collection of Ancient and Modern Scottish Ballads, Tales, and Songs, vol. 2 (London: William Blackwood, 1815), p. 297)17 で “A song with this title [i.e. Waly, Waly Up the Bank] is quoted in a Musical Medley, published in 1666.” と述べている(これらは題名だけの引用のようである)。ウィリアム・ウォーカーも『ピーター・バハン、およびスコットランドとイングランドのバラッド・歌謡論集』(William Walker, Peter Buchan, And Other Papers on Scottish and English Ballads and Songs (Aberdeen (Scotland): Wyllie, 1915), pp. 233-37)18 でかなり詳しく論じてリトソンが挙げた年代(1666)にも言及した。
歌詞に共通箇所があるので “Jamie Douglas” のいくつかのヴァージョンも “O Waly, Waly” と呼ばれることがあるので、ますます紛らわしい。曲が共通していることは明らかで、ウィリアム・マザーウェル(William Motherwell, Minstrelsy, Ancient and Modern, 1827)19 は “Jamie Douglas” に付けた注(p. xvii)において “Is frequently sung to the same tune as Waly, waly, up the bank.” と、ディヴィッド・ハード(David Herd, Ancient and Modern Scottish Songs, 2nd ed., vol. 1, Edinburgh: Printed by John Wotherspoon, for James Dickson and Charles Elliot, 1776, p. 144)20 も “Earl Douglas. Then quham nevir knicht” は “Tune, Wally wally up the bank” と言う(主な楽譜は Bertrand Harris Bronson, The Traditional Tunes of the Child Ballads, vol. 3, Princeton, NJ: Princeton University Press, 1966, pp. 258-61 を参照)。編集されたバラッド集であるクゥィラ・クーチ編『オックスフォード版バラッド集』(Arthur Quiller-Couch, ed., The Oxford Book of Ballads, 1910)の “87: Jamie Douglas”21 に楽譜はないが、さらに進んで17番以降を Lament of Barbara, Marchioness of Douglas として “O Waly, Waly” を付け加えて一つの長いバラッドに仕上げた(このバラッド集にはこのように再編集したものが多いので、系譜調査の資料としては扱いに注意を要する)。
これまで見てきたように、“O Waly, Waly”(あるいは “Jamie Douglas”)と “The Water Is Wide” がどこかで間接的につながっているとしても、同じ歌とは考えられない。ジューン・テイバーがAirs and Graces (1976)というアルバムに入れた “Waly, Waly” はほぼ元の旋律によるチャイルド204番であるので、聴き比べていただきたい22。“The Water Is Wide” をスコットランド民謡とみなすには、これらは「同じ」歌ないしは同じ系統の歌であることが認められなくてはならないが、さまざまな記録から判断するとそれは難しい。ただし、歌詞は “O Waly, Waly” であるが “The Water Is Wide” の曲と組み合わせた歌唱23 も他にあるので、話はややこしくなる(もちろんこれは最近の制作であるから、系譜の考察からは外したほうがよい)。
以上から、“Waly, Waly”(または “O Waly, Waly”)および “The Water Is Wide” と題する歌は大別すると4種類ある。
タイトル | 歌詞 | 曲 | 地域 |
(a) Jamie Douglas; O Waly Waly etc.(Child #204) | O Waly, Walyを含む版あり (バラッド) | O Waly, Waly | Scotland |
(b) O Waly, Waly | O Waly, Waly (抒情歌謡) | O Waly, Waly | Scotland |
(c) O Waly, Waly | The Water Is Wide | The Water Is Wide | England |
(d) The Water Is | The Water Is Wide | The Water Is Wide | England |
(a) はバラッド、(b) は抒情歌謡で同じ(ないしは同系統の)曲である。(c) はシャープ版で本来の “O Waly, Waly” の歌詞・曲ではない。(c)と(d)はタイトルだけが異なるイングランド版である。注(4) のミリタリー・タトゥーの演奏はバグパイプなのでいかにもスコットランドの曲のような響きがするが、上の分類でいうと旋律は(c)のシャープ版(つまりイングランド版)である。(c) のように “O Waly, Waly” のタイトルで “The Water Is Wide” の歌詞・曲は案外と普及しているようで 、ベンジャミン・ブリテンの編曲(1947)24 などをYouTube でもいくつか聞くことができる(どちらかというとクラシック系の歌唱が多い)。
これまでスコットランド民謡というには、如何なる条件が必要なのかという問題に立ち入らずに論じてきた。それらは、(1) スコットランドで生まれた、(2) スコットランドで伝承されてきた、(3) スコットランド人たちが自分たちの歌として受け入れている、(4) 歌詞・曲がスコットランド的であるか、あるいはスコットランド的な演奏である、などが考えられよう。バグパイプ演奏は(4)の条件に当てはまるであろうが、少なくとも一般に歌われている “The Water Is Wide” のヴァージョンはこれらの条件をどれも満たしていない。題名だけを “O Waly, Waly” に取り替えてみたところでスコットランド民謡に変貌するわけではない。
結論を簡単に述べるならば、現行版の “The Water Is Wide” は歌詞・旋律ともにイングランドの歌をシャープが再構成したものであって、スコットランドの “O Waly, Waly” から由来しておらず、歌詞の一部が共通しているにすぎない。旋律も “The water is wide ….” という歌詞も20世紀になってから採録されたイングランド版で、本来の “O Waly, Waly” とはまったく異なっているのである。それゆえ “The Water Is Wide” がスコットランド民謡集に載っているはずがなかった。また、民衆が口頭で伝承してきた版ではない。「民謡」の定義次第のことではあるが、広義の民謡としてならば「イングランド民謡」ないしは「サマセット民謡」と認められるかもしれない。だだし、歌詞を入れ替え、旋律を少し変えて “When the Pipers Play” とした版25 をスコットランドのアイラ・セントクレァ(Isla St. Clair)が歌っている。これならばスコットランドの歌と言えるかもしれないが、曲の起源はやはりイングランド版に由来する。
系譜について詳しくはJürgen Kloss, “The Water Is Wide: The History of a Folk Song” (2012) 26 を参照されたい(引用・楽譜・リンクも多数ある)。なお、この歌の普及に大きな貢献をしたピート・シーガー以降のアメリカのフォーク・リヴァイヴァルでの受容とか、賛美歌版(“When Love Is Found”;『讃美歌21』104番「愛する二人に」)などについては考察を割愛した。
注
(12) The tea-table miscellany or, a collection of Scots sangs
筆者の調査によると以下の第1版(1724)には未収録。1725(または1726)年の第2巻(筆者未見)以降であるとしたら、解説中でしばしば言及される「1724年」は訂正されなくてはならない。
Allan Ramsay, The Tea-table Miscellany (1724)
チャイルド(注15)も出典を “the second volume, published before 1727; here from the Dublin edition of 1729, p. 176.” と注記する。
(13) 楽譜付きスコットランド歌謡集の嚆矢である。
Orpheus Caledonius: or, A collection of the best Scots songs (1725)
Orpheus Caledonius: or, A collection of Scots songs, vol. 1 (1733)
(14) Thirty Scots songs for a voice & harpsichord
(15) Francis James Child, The English and Scottish Popular Ballads, part VII (1880), pp. 90-105.
https://archive.org/details/englishandscopt104chiluoft チャイルドは解説の中で “Waly, Waly, Gin Love Be Bony” も掲載(pp. 92-93)しているが、“Jamie Douglas” のヴァージョンには含めていない。“Jamie Douglas” については以下を参照されたい。
魅惑の物語世界 -やまなかみつよしのバラッドトーク – 第62話 バラッドからソングへ
(16) Ritson, Scotish Songs, vol. 1 (1714)
(17) Gilchrist, A Collection of Ancient and Modern Scottish Ballads, Tales, and Songs, vol. 2 (1815)
(18) William Walker, Peter Buchan, And Other Papers on Scottish and English Ballads and Songs (1915) https://archive.org/details/peterbuchanother00walk
(19) Motherwell, Minstrelsy ancient and modern (1827)
(20) Herd, Ancient and modern Scottish songs, heroic ballads, etc., 2nd ed., vol. 1 (1776)
(21) http://www.bartleby.com/243/87.html おそらくこれはもっとも普及したバラッド集で、全体の電子画像は以下にある。Kinsley 編の現行版(楽譜付き)とは内容が異なる。
(22) June Tabor – Waly Waly
歌詞と解説は以下を参照。
Waly Waly – James Douglas – Cockleshells (Roud 87; Child 204)
(23) Esther Ofarim – Oh, Waly Waly
イスラエルの歌手である。なお、以下は別の歌であろうが、調査未了。
The Corries – Waly Waly
(24) O Waly, Waly – B. Britten (piano) & P. Pears
O Waly, Waly (arr. B. Britten) – Kathleen Ferrier
(25) Isla St Clair – When the Pipers Play
バグパイプ演奏はこの曲名が多い。
When the Pipers Play
(26) The Water Is Wide – The History of a Folk Song
ただし、“Happy Land” [旋律名:MELODY] として紹介されている賛美歌版の調査は不完全で、初出のJohn Wyeth, Repository of Sacred Music, Part Second (1813) [旋律名:TWENTY-FOURTH;作曲者はおそらく Aaron Chapin] などには言及なし。 この他にシャープ版の出典を論じた J.W. Allen, “Some Notes on ‘Waly Waly’” (Journal of the English Folk Dance and Song Society, vol. 7, no. 3, Dec., 1954)があるが筆者未見。