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“The Water Is Wide” はスコットランド民謡か(3)

[櫻井雅人_(2015/12)]

 マスコミまでが裏取りをせずにスコットランド民謡と喧伝しているので補足しておこう。NHK総合テレビ(関東甲信越)の「おはよう日本」(2014年11月29日)では「340年前にスコットランドで生まれた」と、さらに特報首都圏「人生の “広い河” をこえて~中高年に響く希望の歌~」(2014年12月12日)では「340年前に生まれたスコットランドの民謡」で「日本にも明治時代に入ってきた」と報じられた(下線部は問題点)1。また、TBSテレビの「世界ふしぎ発見! スコットランド×日本」(2015年5月9日)にも「広い河の岸辺」 が挿入された。新聞等でもスコットランド民謡と紹介された。
 ウィキペディア2では以下3のようにさまざまな「説」が錯綜していた。
2005.12.15: an Irish Folk song that has been sung since the 1600s
2006.09.13: an English Folk song that has been sung since the 1600s
2010.06.14: is thought to be an English or Scottish folk song that has been sung since the 1600s
2012.03.16: a folk song of Scottish or English origin that has been sung since the 1600s
2012.11.23: a folk song of Scottish or English origin, based on lyrics which partly date to the 1600s
2013.03.20: a folk song of English origin, based on lyrics which partly date to the 1600s
2015.07.20: a folk song of Scottish origin, based on lyrics that partly date to the 1600s.[citation needed]

最新版の記述にも事実と憶測・誤認が混在していている。項目全体からは「スコットランド起源のイングランド民謡」とも読み取れるし、「一部は1600年代に遡る歌詞に基づく」(下線部は問題点)なども「典拠不明」であるが訂正されていない。
 セシル・シャープやベンジャミン・ブリテン、ピート・シーガーなどはイングランド民謡として紹介したが、スコットランド民謡説は20世紀中期以降に出現した。たとえば Folk Music of England, Scotland, Ireland, Wales and America4 は、シャープ編『イングランド民謡100曲集』からの歌詞を掲載しながら、題名が同じスコットランドの “Waly, Waly” と曲・歌詞も同じと勘違いをして18世紀のスコットランド民謡に分類した。スコットランド民謡説はこのような信憑性のないネット上の解説を鵜呑みにして、シャープの歌集(および注記)と草稿、スコットランド版の “Waly, Waly” などの基本的な資料によって事実確認をすることがなかった。以下のような情報も参照しなかったようである。
 Jürgen Kloss, “‘The Water Is Wide’: The History Of A ‘Folksong'” (2012)(主な資料・情報はここから入手できる)
 http://www.justanothertune.com/html/wateriswide.html 
 J.W. Allen, “Some Notes on “O Waly Waly”” (1954)
 http://www.bluegrassmessengers.com/some-notes-on-o-waly-waly–allen-1954.aspx
 mudcat_org Water Is Wide – First American Version
 http://mudcat.org/thread.cfm?threadid=47891
さらにスコットランド民謡説は結論に至るまでの論法が独善的であった。特に、類似の歌詞を含む多数のヴァージョン全体の系譜を “The Water Is Wide” そのものの歴史に読み替えて、異なる旋律や内容の歌であっても歌詞の一部だけ類似していれば「歌い継がれた」と判断した。歌詞の断片のみを「スコットランド起源」とみなすことによって歌全体までも「スコットランド民謡」としたのである。ジャガイモ(南米原産)が入っているカレーライスを南米料理と呼ぶが如しの論理である。歌詞の大半と旋律がスコットランド起源でないとは思ってもみなかったようである。
 シャープは “Down in the meadows the other day” で始まる版を2点採録した。『サマセット民謡集・第3集』の注(p. 76)で認めているように、1905年にイングランドのサマセット州 High Ham の Mrs. Caroline Cox が歌ったヴァージョンを “O Waly, Waly” (= “The Water Is Wide”) の曲・歌詞の本体として採用した。ところが、コックス夫人版(および1906年採録のサマセット州 Cannington の James Thomas の版)には ”The water is wide …” のスタンザが欠けていた。つまり “The Water Is Wide” の原曲には “The water is wide …” の歌詞がなかったのである。
 “The water is wide …” の歌詞はシャープがサマセット州の Mrs. Elizabeth Mogg から1904年と1906年の2回にわたって採譜した異なる旋律の別の歌から切り取って接ぎ木された。八木倫明訳詞の「広い河の岸辺」では希望の歌として重要な歌詞5 とされているが、元はまったく違う曲で内容も異なる歌の一部であった。これはブロードサイド版(イングランド)から由来し、類似の歌詞が浮動節としてアイルランドの “Carrickfergus” などにも採り入れられたがいずれも曲は異なる。シャープはさらに歌詞を下線部のように書き変えた(『イングランド民謡100曲集』(1916)では原曲版に戻したが)。
 The water is wide l cannot get o’er (← can’t, ← over)
 And neither have I wings to fly. (← Neither have I got …)
 Give me a boat that will carry two (← Go and get me O some little, little boat)
 And both shall row, my Love and I. (← For to carry over my true love and I)
ほとんどの現行版はシャープの書き変え歌詞を引き継いだ。なお、このスタンザを歌の最後に繰り返すようになったのはピート・シーガー以降であろう。
 詩人のジェイムズ・リーヴズはシャープの採録記録に基づいてシャープ版とは異なるテクストを作った(James Reeves, The Idiom of the People: English Traditional Verse from the MMS of Cecil Sharp, 1958, pp. 38-40, 218-20)。しかし、”The water is wide” スタンザは「明らかに異なった語りの脈絡に属する」もので、なぜシャープがこのスタンザを付け加えたのか「理由が明らかでない」と述べて、リーヴズは採用しなかった。また、ナナ・ムスクーリなどもこのスタンザを含まないヴァージョンで歌った。『ナナ・ムスクーリ イギリス民謡名唱集』(日本盤LP, 1976)には「イングランド南西のサマセット州の民謡」(解説者:ドロシー・ブリトン)の「ああ、哀れ、哀れ」として収録された。
 Nana Mouskouri: O Waly Waly
 https://www.youtube.com/watch?v=mIjhNmPdKbQ

注:
(1) 年代には10年の開きがあるが、八木倫明『広い河の岸辺~The Water Is Wide~』(主婦と生活社, 2015)の帯にも「350年前のスコットランド民謡がなぜ今、日本人の心を打つのか?」と書かれている。
(2) http://en.wikipedia.org/wiki/The_Water_Is_Wide_(song)
(3) Internet Archive Wayback Machine (http://archive.org/web/web.php ) による。
(4) The Water is Wide (O Waly, Waly) (Folksongs of Scotland)
  http://www.contemplator.com/england/water.html
(5) 八木『広い河の岸辺~The Water Is Wide~』pp. 86-87.

【以下(4)に続く】