information情報広場

連載エッセイ “We shall overcome” (3)

Walking in someone else’s shoes   石井啓子 2020-09-10

2020年2月末ごろよりお話ボランティアの予定が次々キャンセルされ、学校は閉鎖、他の予定も全てなくなり、4,5月は仕事も休み、週1回の買い出しと93歳の独り暮しの母への訪問以外 stay homeとなりました。夫も3月末より在宅勤務となり、二人が朝から晩まで在宅という全くの非日常が始まりました。
不安な気持ちを抱えたまま先ず手を付けたのは日頃さぼっている家の掃除でした。カーテンの洗濯、網戸洗浄、窓ふきなど。その後書類と本の整理を始めた ところ、還暦を過ぎて入学した大学院で黒人男性の教授から薦められてそのままになっていたToni Morrisonの“Beloved”を見つけ読み始めました。
昨年88歳で亡くなったToni Morrisonは1993年に黒人女性として初めてノーベル文学賞を受賞しており、この“Beloved”でピューリツァー賞も受けています。黒人奴隷の差別や苦悩を黒人女性自らが描いた小説です。その直後5月末にアメリカで黒人男性George Floydが白人警官に膝で首を押さえつけられ亡くなるという事件が起こり、Black lives matter movementが世界で展開され、今も続いています。そしてこの事が大統領選挙の争点にもなっています。アメリカは世界最多のコロナ死亡者を出しながら選挙戦終盤に入り、国が真二つに分断されています。
ブレイディみかこさんの著書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』に英国の中学校ではcitizenship educationという授業があり「他人の感情や経験などを理解する能力」empathyを学ぶと書いてあります。同じように「共感」と訳されるsympathyは「かわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分が努力をしなくとも自然に出てくる」そして「sympathyは感情的状態、empathyは知的作業」だとも書いています。
8月末に行われた民主党全国党大会―今年はオンラインになりましたがー私はMichelle Obamaの演説に注目しました。彼女もその中で何回もempathyに言及していました。そしてアメリカの公民権運動の指導者で7月に亡くなった黒人下院議員John Lewisの次の言葉 ”When you see something that is not right, you must say something. You must do something.” を引用してこれが本当のempathy、すなわち感じるだけではなく行動することだと言っていました。
より多くの人がempathyを持つようになれば、もう少し世界がよくなるのではと青臭いようですが考えずにはいられません。コロナの1日も早い終息を願っているのはもちろんですが、コロナによる非日常の中でじっくりいろいろなことを考えることができたのは意義のあることでした。