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バラッドを歌うvol.3の制作、公開を終えて  かんのみすず_(2023/05/29)

 早いものでバラッド協会の会合から2ヶ月。そろそろ8ヶ月にわたる動画制作の日々を曲解説と合わせて自分なりに振り返ってみようと思います。

 最初に告白します。今回の動画制作は実に綱渡りで無謀な日々でした。
 出来上がった動画は「全8曲、MCなしの25分」。準備期間も含めるとかかった期間は8ヶ月(途中、わたしに頚椎ヘルニアが見つかり手術の為に3週間離脱)。その間録画した動画は13曲、100テイクを越え、最後の1ヶ月は撮影と同時進行で編集作業も行い、ギリギリまで作業を続けていました。本当に無謀で綱渡りな、スリリングでとても楽しい日々でした。さてその8曲を曲順に振り返っていこうと思います。
1.「John Barleycorn」
 編集を始めたとき、すぐに1曲目はストロークに勢いのあるこの曲と決めました。原曲はJohn Renbourn Groupの「A Maid In Bedlam」の中の曲で、パーカッションのリズムとギターの細かなアルペジオ、そして何よりオーボエやフルートの旋律が美しい、古楽中世的なとてもいいアレンジの曲です。5人だった頃のレパートリーで、3人になってもベースのみの演奏で練習していましたが、最近コンサート向けに今のアレンジにしました。原曲とはかなり印象が違いますが、これも面白いと思っていただければ嬉しいです。TrafficのJohn Barleycorn Must Dieもレパートリーなのでいつか動画にできればと思っています。
 大麦を擬人化した歌詞は、さまざまな事を暗喩していると言われています。
2.「Scarborough Fair」
 Martin Carthyの1stアルバムのバージョンが原曲。Simon & GarfunkelのバージョンはSimonが渡英した際、Martin Carthyから教わったこの曲をアレンジした、という話は有名ですね。大きな違いはリズムです。昔Martin Carthy版のリズムに慣れなくて、戸惑った記憶がありますが、長く歌って逆に今は身体に馴染んだ1曲です。
 歌詞は繰り返しの部分のある典型的なバラッド形式で、その繰り返しの部分に出てくるハーブの名前はそれぞれが暗喩だと言われているようです。
3.「The Blacksmith」
 まだgreyish glowという名前もなく、初めて人前でBalladを歌った時に選んだ中の1曲。無謀にも独りで無伴奏での歌唱でした。それ以来、必ずといっていいほどコンサートで歌い続けてきた大好きな曲です。原曲はSteeleye Spanの「Please To See The King」の中の曲。この演奏では第2スタンザの歌詞を抜いて歌っています。
 詩が重要なBalladの世界で歌詞を抜くなんて…なのですが、同じメロディの繰り返しが多いとどうしても単調になるので、間奏を入れたり、ハモリを入れたり、長い歌詞は構成を変えたり短くしまうことがあります。ご容赦を。
4.「My Johnny Was A Shoemaker」無伴奏
 greyish glowが女性3人組だった頃から歌っていた曲。原曲はSteeleye Spanの「Hark! The Village Wait」の中の曲。シンプルだからこそとても難しい曲。
 彼は船長になって彼女を迎えにくる?いえいえ来ないからこそ詩になる。
 John Renbourn Groupのバージョンもアレンジしていつか演奏できればと思っています。
5.「Silver Whistle」 6.「Four Loom Weaver」無伴奏
 この2曲はともにMaddy Prior & June Taborの「Silly Sisters」の中の曲。
 Silver WhistleはAn Fhìdeag Airgidという曲名で知られているジャコバイトソング。
 銀の笛を奏でる祈りが伝わってくる曲です。お気づきの方もいると思いますが動画のWhistleの発音が間違っています。再度撮り直して動画をすり替える予定です。
 Four Loom Weaverは貧しい織物工の歌。こういう時代もあったので、この詩は本当に苦しく悲しい、そしてこの曲の迫力と厚みを出すのはとても難しい。
7.「All Things Are Quite Silent」
 Steeleye Spanの「Hark! The Village Wait」の中の曲。この曲は原曲とアレンジが全く違います。同じ3拍子でも、ギターの柔らかく滑らかなアルペジオとリズムの効いたバンドでは違って聞こえると思います。Steeleye Spanの曲はどれも少し粘りがあり、土の香りがしますが、何年歌ってもなかなか出せません。そのうち、全く違う雰囲気になりました。
 命持つもの全てが静かな時間、突然夫を戦争に連れ去られてしまった妻の嘆きの歌。
8.「The Old Miner」
 いつもコンサートの最後に歌っている曲。原曲はSilly Sistersの「No More To The Dance」の中の曲。動画の最後に写真を入れたのはこの曲を歌っている時に映像が見えたから。使ったのは主に2019年の秋にイギリスで撮影した写真です。最後の写真でカラスが止まっているのは札幌の前田森林公園の街灯。ギターが同じフレーズを繰り返すのは原曲と同じですが、見えてくる映像は少し違う気がします。いろいろな意味でgreyish glowにとってちょっと特別な曲。

 最後に今回感銘を受けた、山中先生が引用されていたT. S. Eliotの文章を。
“Poetry is not a turning loose of emotion, but an escape from emotion; it is not the expression of personality, but an escape from personality. But, of course, only those who have personality and emotion know what it means to want to escape from these things.” From T. S. Eliot, “Tradition and Individual Talent”, The Sacred Wood (1920).(初出は前年のThe Egoist 誌のVol. VI, Nos. 4-5)
「詩は情緒の解放ではなくて、いわば情緒からの逃避である。それは個性の表現ではなくて、いわば個性からの逃避である。しかしもちろん、個性や情緒をもっているものだけが、これらのものから逃避したいということがどういう意味なのかを知っているのである。」

この言葉は詩だけではなく表現行為を伴う全てのものに当てはまると思っています。もちろんballadの表現も、情緒や個性から自由になることが目指すべきところだと。
 greyish glowもわたし個人も出来るかどうかは別にして日々目指して精進しています。