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ゴシシズムと摸倣—The Monkとバラッド詩—
中島久代_ (2010/8)
2009年7月8日に研究ノート「M. G. LewisのThe Monkとバラッド詩」を本協会HPに掲載していただいたが、 2010年3月28日開催の日本バラッド協会第3回会合でのシンポジウム「小説の中のバラッド—ルイス、シェリー、ハーディ、カシュナーはどのようにバ ラッドを使ったか—」において、先の研究ノートをもう少し充実させて発表する機会を得た。そこで、先の研究ノートを補完する目的で、『マンク』にバラッド 詩が挿入された意味を、バラッド詩の成立要因である「摸倣」という視点からここにまとめ直してみた。
第1巻第2章の“Durandarte and Belerma”は、小説巻頭の“Advertisement”で古いスペインのバラッドからの摸倣であるとルイスが説明している。スペインのバラッドは不明だが、この詩のハイライトである高潔な戦士を失ったモンテシノスの悲しみの元歌をチャイルド・バラッドに探せば、“The Hunting of the Cheviot” (Child 162B)が挙げられよう。このバラッド詩のおぞましさと感傷性は、AmbrosioとMatildaの戒律破りの性愛に至る予兆となっている。第3巻第1章の“The Water-King”はドイツ詩人Johann Gottfried von Herder (1744-1803)の“Der Wassermann”(1779)の翻訳であるが、チャイルド・バラッドに摸倣元を探せば、“The Mother’s Malison, or, Clyde’s Water” (Child 216C)が挙げられる。このバラッド詩は地下牢での幽閉と出産というAgnesの受難を予告する。第3巻第2章の“Alonzo the Brave and Fair Imogine”はドイツ詩人Gottfried August Bürger (1747-94)の“Lenore” (1773)の模倣詩であり、偽装毒殺と墓場での強姦殺人というAntoniaの恐怖と苦悩を予告する。それぞれのバラッド詩は挿入された場面以降に起る事件を予告し、小説のゴシシズムを盛り上げている。しかし、バラッド詩は小説の脇役に徹するのみではない。というのは、挿入された一連の詩について、小説 から独立した評価や広告が存在するからである。
Sir Walter Scott (1771-1832)は『マンク』中のバラッド詩を評価したひとりである。‘The person who first attempted to introduce something like the German taste into English fictitious, dramatic, and poetical composition’という言い方でルイスを認め、(1) ドイツ・ロマン派のイギリスへの逆輸入という文学史上の意義と、Thomas Percy (1729-1811)編纂のReliques of Ancient English Poetry (1765)によって引き起こされたバラッド・リバイバルの渦中にある作品としての意義を示唆している。また、William Hazlitt (1778-1830)は、‘a romantic and delightful harmony, such as might be chaunted by the moonlight pilgrim, or might lull the dreaming mariner on summer-seas’と述べて、(2) 残虐性と嫌悪感に満ちたこの小説の清涼剤としての役割をこれらの詩に見い出している。
この小説の出版事情を調べたAndré Parreauxによれば、「勇者アロンゾと美しいイモジン」は独立した人気を誇り、1796年7月の新聞The Morning Chronicleを皮切りに、ほぼ毎月のように単独で新聞雑誌に掲載され、1797年には、8ページ1ペニーで売られたチャップブックPoetry Original and Selectedに取り上げられたという。(3) さらに、この小説の初版が匿名で発行された1796年3月12日土曜日発刊のThe Star 紙には、小説中の詩のタイトルをすべて列挙してそれらの存在を強調した宣伝が打たれている。(4) これらの評価と出版事情からうかがえることは、『マンク』の人気は卓越したゴシシズムだけではなく、摸倣詩の独立した面白さにも拠っているということである。
摸倣という創作行為は、『マンク』の構造全体が十二分に表明しているところである。小説冒頭の「緒言」にルイスが「剽窃は自分で承知しているし、言及した以外にもっと多く発見されるだろう」と述べている通りに、この小説のpre-textsはすでに十分に調べ上げられている。メインプロットは、 Richard Steele (1672-1729)によって、1713年、雑誌The Guardian に掲載された道徳寓話“The History of Santon Barsisa”に基づいている。(5)『マンク』冒頭でLorenzoが見るアントニア陵辱の夢は、Samuel Richardson (1689-1761)作の書簡体小説Clarissa (1747) の結末で、ラブレイスが見た夢の概要が摸倣されている。(6) ドイツ文学に造詣が深かったルイスは、Johann Wolfgang von Goethe (1749 – 1832)のFaust: Ein Fragment (1790、『ファウスト』)を筆頭に、J. C. F. von Schiller (1759-1805)のDer Geisterseher (1787-89、『亡霊の占師』)、Lorenz Flammenberg (1765-1813)のDer Geisterbanner (1792、『妖術師』)などのいくつものドイツ文学のpre-textsからプロットとモチーフを援用している。(7) スコットはルイスの摸倣のオンパレードを、羨望を込めて‘peccadillo’と呼んだが、(8) 一群のpre-textsの援用によってこそ、この小説がゴシシズムの醍醐味を発揮していることは明らかである。
以上から、この小説は、摸倣詩とpre-textsの援用とのコンビネーションによって構築されたパスティーシュの文学と言うことができる。ルイスは摸倣としての創作という原始的かつ斬新な芸術行為をゴシシズムをテーマに展開しているのである。小説中のバラッド詩は、ルイスの模倣の技が小説のゴシシズムを支えていることを象徴的に示していよう。
バラッド・リバイバルの中で爛熟したバラッド詩は、先行作品の人物や構造を摸倣しユーモラスな効果を狙って作り変えるパロディ化の傾向を示したが、『マンク』のバラッド詩も例外ではなかった。先述したParreauxの調査によれば、1799年3月のThe Monthly Visitor 誌には「勇者アロンゾと美しいイモジン」のパロディ、“A baker so gay and his lady so sweet”が掲載され、同年6月には、“Young Damon and Phillis”というパロディが刊行されたという。(9) さ らに注目したいのは、ルイス自らが「勇者アロンゾ」をパロディ化した模倣詩“Giles Jollup the Grave and Brown Sally Green”を書き、1798年の第4版の「勇者アロンゾ」の詩の脚注として付けていることである。色黒のサリーは薬剤師のジャイルズを裏切って結婚式を挙げる。「もしもあなたを裏切ったら、あなたの亡霊が婚礼の宴会で食べ過ぎた花嫁に下剤をのませて、墓場へ連れて行くでしょう」というサリーの誓いどお り、宴会で休むことなく食べ続ける花嫁の前に亡霊が現れ、下剤をのませて花嫁を連れ去るという、抱腹絶倒のパロディ詩である。サリーのアイディアの出所は 『マンク』のコミック・リリーフ的な役どころで、薬剤師と結婚したアントニアの叔母Leoneraではないか。ゴシック・バラッド詩のパロディ化につい て、A. B. Friedmanは‘the balladists had no real faith in their ghostly imaginings; indeed, their conscious intention was to create something “spooky,” not to inspire their readers with awe’と述べている。(10) ルイスは、ゴシシズムの摸倣が行き着く先のパロディを率先して示したのである。
このように、パロディ・バラッド詩まで視野に入れれば、ゴシシズムと摸倣の結びつきは半ば必然的であることが明らかになる。意図的な摸倣を前提として公言し、パロディ化を孕む小説『マンク』のゴシシズムは、摸倣という芸術行為が産んだ作品である。
(註)
(1) Sir Walter Scott, ed., Minstrelsy of the Scottish Border, ed. Thomas Henderson (1931) 550-51.
(2) William Hazlitt, Lectures on the English Comic Writers (1819) 127.
(3) André Parreaux, The Publication of the Monk: A Literary Event 1796-1798 (1960) 50-52.
(4) Parreaux 53.
(5) “The History of Santon Barsisa”, Richard Steele, The Gaurdian 148 (Monday 31 August 1713), cited in M. G. Lewis, The Monk, ed. D. L. Macdonald and Kathleen Scherf (2004) 366.
(6) Samuel Richardson, Clarissa; or The History of a Young Lady (1747-8), ed. Angus Ross (2004) 1218.
(7) Cf. Macdonald and Scherf, eds., The Monk, and Sydney M. Cogner, Matthew G. Lewis, Charles Robert Maturin and the Germans (1980).
(8) Scott, ed., Minstrelsy 552.
(9) Parreaux 57.
(10) Albert B. Friedman, The Ballad Revival: Studies in the Influence of Popular on Sophisticated Poetry (1961) 289-90.