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「不滅の最悪詩人」マクゴナガル
(宮原牧子_2007/12/10)
William Topaz McGonagall (1825?〜1902)は「世界最悪の詩人」と呼ばれ、文学的な評価は極めて低い。彼はハイランドの衣装に身を包み、自作の詩を朗読してまわった。彼のパフォーマンスは、ただただ嘲笑の的であったと伝えられている。確かにマクゴナガルの魅力の一つは、その独特の喜劇的存在感にある。マクゴナガル人気は他のスコットランド詩人たちを凌しのぐほどに高い。詩集は版を重ね、世界各国で売れ続けている。その理由が、単に彼の常軌を逸した行動に対する興味のみにあると結論づけるのはあまりに乱暴ではなかろうか。
そもそもマクゴナガル作品の面白さとは何であろう。彼の代表作であるテイ湾の鉄橋をうたう三部作は、1878年2月に完成し当時世界最長を誇ったDundeeの鉄橋の完成と崩壊、そして再建築をうたったものである。ダンディの町をこよなく愛したマクゴナガルは、一作目で言葉を尽くしてこの橋を称えた。ところが1879年12月28日の夜、嵐のために橋が崩壊する。この時書かれたのが、“The Tay Bridge Disaster”である。最終連は次のようにうたわれる。
私はこの詩をこう締めくくろう
世界に向けて恐れることなく少しも躊躇うこともなく
お前の中央の橋桁は折れてしまうことはなかったのだと
少なくとも多くの見識者がそう言っている
もし橋の両端がちゃんと支えられてさえいたならばと
少なくとも多くの見識者がそう認めている
住宅は強く建てれば建てるほど
死ぬ確率は低くなるというものだ(52-59)1
最後の2行で読者は肩すかしを食らう。橋の崩壊という悲劇をうたっていたはずの詩が、住宅のたとえで終わってしまうのである。壮大な橋の情景が家の建築の風景に矮小化するというこのバセティックな結末は、おそらく詩人が意図したものではない。大真面目に書かれた2行だからこそ、読者は悲劇をものともしないマクゴナガルのタフさを感じずにはいられない。幼稚で散文のような詩行に溢れるこのタフさに、読者は頬を弛める。これこそマクゴナガル作品の面白さである。マクゴナガルは、不滅の最悪詩人であると同時に、不滅の生命力に満ちた喜劇詩人なのである。
マクゴナガルのタフさはバラッドのうたい手たちのそれを連想させると思うのは、私の思い込みであろうか。アラン・ボールド(Alan Bold)も指摘するように、自作の詩をブロードシートに印刷して売るという彼の流儀は、ブロードサイド・バラッド詩人たちの正にそれである。2 詩が印刷物を通して読者のもとに届くようになって以来、詩人たちは意図的に読者意識をもつことによって作品を書かざるをえなくなった。マクゴナガルの時代、彼ほど聴衆の反応をダイレクトに感じることのできた詩人が他にいただろうか。マクダーミッドが「マクゴナガルは詩の何たるかを全くしらなかった」3 と評するように、マクゴナガルの詩にバラッド的な技巧は全く見られない。しかし、悲劇でさえも軽快にうたい、時には史実を変えてまでうたに爽快さ加味する古のバラッドのうたい手たちのタフさを思う時、マクゴナガルはその精神において何ともバラッド的であると思わずにはいられない。
1 マクゴナガルの作品の引用は、William McGonagall, Collected Poems (Birlinn, 1992)に拠る。(訳は筆者による。)
2 Cf. Alan Bold, Modern Scottish Literatuure (Longman, 1983), pp. 17-19.
3 Robert H. MacDonald, ‘The Patriotic Muse of McGonagall: Imperianism and the Great Scots Joke’, Dalhousie Review, 67:4 (1987), p.65.