information情報広場

詩人の務め・役割について ―G.M.ブラウンに関わる証言から

日本バラッド協会第8回(2016)会合(2016年3月26日) 特別講演要旨
研究ノート(川畑 彰) 報告と課題

 スコットランド・オークニー出身のGeorge Mackay Brown(1921-1996)は生涯50篇以上の詩、物語、戯曲、エッセイ集を出版しました。物語の中に対話を挿入し、詩にバラッドや「俳句」、「七面体」を採り入れるなど、その作品群は実験的でメタ要素に満ち溢れています。作品の内容にしても一定の主題を繰り返しつつも、多様であることが特徴的です。Isobel Murray、Bob Taitとの対談(1994)で、ある短編集について全体的な主題は何かとの問いにブラウン自ら、「よく分からない。編集者に任せてあるので」と応じています。また、出版済みの詩や短編についての出版を後悔したり、特定の詩について延々と改変を繰り返すさまに、詩人のいまの表現に懸ける潔癖さが窺われます。この詩人は創作の根源や方法としての‘silence’の探求者でもありました。そんなブラウンですが、詩人が過大に評価され、特別視されることを好まず、詩作は例えば大工職人の物づくりと変わらないとし、親しい友の名前を行頭に折り込んだりして実に多くの詩を精力的に創造しました。
 ブラウンは生涯のほとんどを生地オークニー諸島で過ごし、島の人々のために歴史・風土に根差した過去の伝聞(legend) を「話し、語り、歌う」(=to relate) ことで、現代の島の状況を「浮き彫りにし」(=to relate)ました。それが詩人の任務と心得ていたのです。この点については生涯、首尾一貫しています。しかしながら、詩人が島の人々に対して常に安定した意識や考えを持続していたわけではありません。人々にいかに受け入れられているかについての不安感、懸念が逆に彼の創造力を推進したのです。
 作家は第一に身辺の事情や作品を書くことを生業なりわいとし、他方で知人、読者、批評家などによって種々書かれる対象でもあります。本報告の副題の証言は、表現主体の「詩人」「私人」によるものと、他者によって書かれるものを含みますが、私人としての相貌についても二面性や揺れ、相反する要素が横溢しています。ブラウンの‘fragile’、‘vulnerable’な面は、その詩魂と相俟って多くの‘ministering angels’(詩人、友人など)との出会いを導きますが、美しい詩神(ミューズ)(Stella Cartwright など)との交流においては、耐え難い痛みや受苦の原因となり、そのことが詩人の想像力、創造性を沸々と刺戟します。愛においても詩や創造性を考えずにおかない詩人は、人を愛することは詩作に優先すると言い、飲酒によって日常の温和な仮面を剥いで愛を模索しながらも、なお「黒い憎悪」に行き着き、結果として、ある種の解放感に包まれながら詩人としての任務に立ち戻るのでした。
 今回の報告の目的は、ブラウンという詩人、作家の全体像を提示することにあり、バラッドとの関連性については示唆するに留めました。むろん筆者に充分な準備が整っていたわけではありません。バラッドを狭義の表現形式・内容の一分野としてではなく、本協会がこれまで蓄積してきた芸術、物語全般に関わる豊かな知見に照らしてG.M.ブラウンの‘corpus’の生成過程を検証することが、次世代による受容に繋がる(=relate) のではないかと考えています。
 最後にブラウンの「詩人の務め」という詩片をここに……

    むなしい日々に刻んできたこと
太陽


オート麦の茎

また子供が読むかもしれないような
忘れ去られた太古からの
二、三の刻印

その石から遠くないところに
泉が
道行く旅人のために湧き出るかもしれない

ここに詩人の務めがある―
ルーン文字を刻め
そして満ち足りて沈黙せよ

本詩を収めるFollowing a Lark の初版本は詩人が没した日(1996.4.13)に著者宛に届いたといいます。