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じゃじゃ馬の母

『じゃじゃ馬ならし』と「塩漬けの馬の皮に包まれた口うるさい妻の陽気な話」 喜多野裕子_ (2009/4)

 「塩漬けの馬の皮に包まれた口うるさい妻の陽気な話」(“A Merry Jeste of a Shrewde and Curste Wife Lapped in Morrelles Skin” )(1) というバラッドは、通常はシェイクスピアの初期の喜劇『じゃじゃ馬ならし』(The Taming of the Shrew:1590-94) (2) の類似の物語とされているが、Richard Hosleyは、人物造形、アクションの展開、そして言語という3つの側面から例証し、このバラッドを材源の一つとみなしている。いずれにせよ、「塩漬け の馬の皮」は『じゃじゃ馬ならし』の先行作品であり、両作品の関わりは深い。このバラッドは、1119行に及ぶ長さであり、『じゃじゃ馬ならし』同様、男女の出会い、求婚の状況から結婚式、その後の夫婦生活まで描かれている。年頃の姉妹のうち妹は父親のお気に入りで引く手あまた、一方の姉は父親の悩みの種、若い男は姉の方と結婚するが、持参金が大きな魅力となっている、という設定も同様である。しかし最も異なるのは姉妹の母親の存在である。『じゃじゃ馬ならし』においては父親のみが登場し、娘たちの結婚に干渉するが、母親は一切言及されない。しかし「塩漬けの馬の皮」においては、母親が父親以上に重要な役割を担っている。実はこの母親自身が大変なじゃじゃ馬であり、善良な夫をさしおいて主のように振る舞い、夫が口答えした場合は暴力を振るう。彼女は最初に産んだ長女をかわいがり、結婚した暁には夫を支配するように娘に教え込んでいたのである。そのため、結婚しても夫に服従することはないだろうと父親同様母親も忠告する。娘は父親や求婚者には性格の荒々しさをみせるが、母親には従順である。母の勧める若い男との結婚を即座に受け入れ、(She said, “yea, mother, as you will, / So will I do in word and deed :lines 197-98)結婚相手に対して、時には夫に支配的な態度をとると思うがそれは母の習慣であると告白し(It was wont to be my mother’s guise, / Sometime to be master withouten miss. : lines 239-40 )、それでも良いかと尋ねている。たとえ父親からは疎まれていても、彼女には母親という強い味方がいる。結婚前から「じゃじゃ馬」の烙印を押され、父や妹、友人等、誰とも連帯できず、誰からも理解されない孤独なキャタリーナと比較すると、このバラッドでは母と娘の絆が前提となっている。
 母親の眼目は、娘が長い結婚生活の中で、家庭内での主導権を握ることである。つまり自分が今まで行ってきたように娘にも「妻たるものは夫に従順であるべし」「夫を主とせよ」という規範に敢然と立ち向かい、社会通念としての家庭内秩序を転倒させることである。男性中心社会の定めた規範に反抗し、夫婦の関係性において強く主導権を主張する妻の主張が、母から娘へ継承されてゆくものとして描かれていることが、この作品の特色といえよう。
 結婚後は母の教えに忠実に、寡黙や従順という女性の美徳から逸脱したじゃじゃ馬女房になってゆく。その結果、夫から制裁を受けることになる。家長としての主導権を敢然と主張し、夫ばかりか使用人にも満足に食事をとらせず、あたかも男性であるかのように夫と争う。このままでは、妻を制御できない夫 として、共同体の笑いものにされると危ぶんだ男は、悩んだあげく、ついに失神するまで妻を殴り、塩漬けにした馬の皮に入れて放置する。傷口から塩が染みこむため、あまりの痛さに妻が眼をさましたところで、強制的に従順になることを誓わせる。そして娘の両親や近所の人々を招待して宴会を開き、従順になった妻を披露し、夫は共同体から賞賛され、父親から大変に感謝される、という結末である。
 結末としては当時の規範通りであるものの、このバラッドにおいて注目すべきは、妻は夫の野蛮な馴らしに屈服したが、母親に関しては描写が曖昧なままであることだろう。ラストの宴会の場面で、招待された母親は、主らしくテーブルに着く夫にかいがいしく仕える娘を見て驚き、理由を尋ねる。娘は倉庫に 置いてある馬の皮を見せて自分が受けた仕打ちを打ち明ける。母親は、客人たちの前で婿に対し、「外に出なさい、不埒者!お前の心臓から血を流させてやる」 ( “out, whoreson! I will see thy heart blood.” : line 1086)となじる。すると婿は、「お母さん、静かにダンスでもしていなさい。でないと妻と同じめにあわせますよ。たっぷり塩を含んだ馬の皮の中で今までの人生を悔い改めたらどうです」( “ You must dance else as did my wife, / And in Morel’s skin lie, that well salted is, / Which you should repent all the days of your life.” : lines 1088-90)とやり返す。その場にいた人々はすべてこの夫に賛同し、よくやったと褒め称える。宴会が終わり人々は去るが、母親については、「もはやその場にいようとはしなかった」(The mother no longer durst there be. : line 1094)としか書かれていない。この母親は自分のこれまでの行為を反省したり、婿や自分の夫に対して従順を誓っているわけではないのだ。娘は夫によって 馴らされてしまったが、娘に結婚後の主導権について伝授した母親は、必ずしも矯正されたわけではないのである。
 このバラッドが『じゃじゃ馬ならし』と比較される場合、夫の馴らしの残虐性に注目が集まり、じゃじゃ馬の母の存在はほとんど重要視されてこなかった。しかしここで描かれているじゃじゃ馬女房をめぐる親子関係は、再考の余地があると考えられる。特にじゃじゃ馬の手本であり伝授者としての母親が不在であり、監視及び管理役として機能する父親バプティスタ・ミノラしかいないキャタリーナとの比較は重要であろう。

(註)
(1) Frances E. Dolan, The Taming of the Shrew: Texts and Contexts (Bedford Books: Boston, 1996)257-296.W. Carew Hazlittは遅くとも1575年に、またDolanは1550年頃には印刷されていたとしている。Hazlitt ed., Remains of Early Poetry of England, vol.4 (John Russell Smith: London, 1866) 180.Dolan, 254.
(2) 推定創作年代はリヴァ-サイド版第2版による。