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連載エッセイ “We shall overcome” (17)
シー・シャンティ “Wellerman”の大ヒットからみる伝統歌の希望と可能性 廣瀬絵美 2021-02-27
私は現在、博士論文の執筆を進めている。関心のある分野が1950年代から60年代のロンドンを中心としたイギリスのフォークリヴァイヴァルの文化史と詩分析ということもあり、コロナの影響によって、バラッドやフォークソング愛好家が集まっていたフォーククラブなどの場所で音楽をみんなで歌って楽しむような時代が過去の遺産になってしまうのではないかと、執筆中、とても不安になった。ライブやフォークフェスティバルは中止になり、フォーククラブは閉ざされてしまった。ロンドン大学で修士論文を執筆して以来、大変お世話になっている、ロンドンのカムデンにあるセシル・シャープハウス(Cecil Sharp House)付属のヴォーン・ウィリアムズ・ライブラリー(Vaughan Williams Library)は、ロックダウン中は使用不可能になり、その後、利用できる曜日は限られ、予約制になってしまった。さらにライブパフォーマンスやフォークソング・ダンス関連の活動で経営しているセシル・シャープハウスは深刻な財政難に陥ってしまった。(ドネーションを現在も呼びかけており、私も少額ではあるが寄付した。)
フォークリヴァイヴァルが伝統歌を存続する上で大切にしていた「コミュニティ」の存在が消えるかもしれないとしばらく落胆していたのだが、ここ最近、イギリスから「人との関わりが制限されている今だからこそ、伝統歌が必要なのだ!」と思えるニュースが飛び込んできた。
ある日、イギリス人の友達から「シー・シャンティ(Sea Shanty)がSNS上でかなり盛り上がっているみたいだよ。」というメールを頂いた。シー・シャンティとは、この記事を読んでいる読者はおそらくご周知のとおり、船乗りによって歌われた労働歌である。甲板でロープを引っ張る際、ソロパートを歌う船乗り、そしてコーラスパートを歌う船乗りたちがいて、掛け合いするという機能をもつシー・シャンティは、欧米の伝統歌における重要なレパートリーでもある。送られたリンクをみると、若い男が、Tik Tok上で “Wellerman”というニュージーランドのシー・シャンティを歌っている。男の名はネイサン・エヴァンス(Nathan Evans)。スコットランドの郵便配達員だ。スコットランド訛りで歌うシー・シャンティは、Tik Tok上で大ブームを引き起こし、2020年の12月末にアップロードしてから一ヶ月で400万人以上の視聴者を獲得した。さらに著名人も含まれており、ミュージカル版『オペラ座の怪人』の音楽で有名なアンドリュー・ロイド・ウェバー(Andrew Lloyd Webber)やクィーンのギタリスト、ブライン・メイ(Brian May)は、ネイサンの歌に合わせてカバー曲を披露している。
この歌が大衆の心を惹きつけた理由とはなんだろうか?歌のコーラス箇所のパートを見てみよう。
Soon may the Wellerman come
And bring us sugar and tea and rum.
One day, when the tonguin’ is done
We’ll take our leave and go
(ウェラーマンがもうすぐやってきて、俺たちに砂糖と紅茶、ラム酒を持ってきてくれますように。いつの日か、クジラの解体が済んだら、俺たちは別れのあいさつをして、出発しよう。)
1830年代、ニュージーランドでは鯨から採取できる油を獲得するため、捕鯨業が盛んに行われ、各地に捕鯨基地があった。歌の歌詞に出てくるウェラーマンとは、当時、捕鯨基地の経営で成功を収めていたエドワード、ジョージジョセフ ウェラー兄弟に雇われた人たちを指しており、彼らは、食糧を捕鯨基地に調達する仕事をしていた (Jøn 99-100)。船乗りの専門用語となるが “tonguing”は、捕獲して殺したクジラを岸で解体することをいう。“Wellerman”の歌には、鯨を捕まえるため、命がけで鯨と格闘する船乗りたちの姿が描かれている。
動物愛護、環境保護の立場から捕鯨禁止の声が上がる現在の立場からすると、非常に残酷な歌詞ではあるが、過去を歴史的に扱う場合、当時良しとされていた価値観や道徳基準を考慮に入れなければいけない。この歌が多くの人びとの心を捉えた大きな理由には、過酷な労働、そして命の危険と隣り合わせの船乗りたちの生きる喜び、明るさ、前向きさを歌の中に見出せたからだろう。ロックダウンによって、人と会うことが制限され、各自が孤独な日々を過ごす中、砂糖と紅茶、ラム酒を運んでくれる“Wellerman”を心待ちにする船乗りたちの姿は、やがてノーマルな日常が戻ることを期待する我々の希望と重ね合うことができたのでないか。
BBCのラジオ番組In Tuneの1月13日のインタビューの中で、ネイサンは「シー・シャンティは皆を一つにする」と話している。「誰でも参加することができる。参加するのに、歌が歌える必要はない。歌はとてもシンプルで、常にアップビートで、非常に覚えやすい。すべてが合わさって、皆が歌で一つになるのだと思う。ロックダウンだからこそ、人びとは一つになることを求めている。伝統歌は、そのような状況下だからこそ、人々の心に寄り添っている。新たなSNSのプラットフォームの中で、伝統歌が再現され、人びとによってシェアされ、様々なバージョンで歌われていく過程は、新たな伝統歌の可能性を感じてならない。実際、イギリスでは、オンラインを通して、バラッドを歌い合うコミュニティやワークショップは継続している。残念ながら、時差の関係で、私はまだ参加できていないのだが、伝統歌の力強さは、コロナという困難な社会を生きる我々を励まし、克服する力を与えてくれると確信している。
参考文献
“Why are Sea Shanties Trending on Social Media?” In Tune. BBC Radio 3. 13 Jan. 2020. Radio.
Jøn, A. Asbjørn. “The Whale Road: Transitioning from Spiritual Links, to Whaling, to Whale Watching in Aotearoa New Zealand.” Australian Folklore, vol. 29, 2014, pp. 87-116.