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連載エッセイ “We shall overcome” (16)

A letter from America   近藤 和子   2021-02-24

今から20年ほど前の、ある日のことでした。いつものように仕事を終えて帰宅すると、一通の見慣れぬ手紙が届いていました。アメリカからでしたが、私には差出人の名前に心当たりはなく、一瞬、不安になりましたが、宛名は確かに私になっていました。おもむろに開封すると、差出人の女性と私が初めて出会った時の様子が、優雅な便箋に手書きの美しい筆記体の文字で綴られていました。
話は25年も前に遡り、Thomas Hardy Conferenceがイギリス南部のDorchesterで開催された時のことです。学会終了後に企画されていた、Hardy country を巡るバスツアーに参加した私たちは偶然隣り合った席になり、すぐに打ち解けたのだそうです。移動の合間に私が、「俳句は世界で一番短い詩です」と説明したらしく、その話が忘れられず、今こうして手紙を書いているのです、と。一週間ほどの学会でしたが、当時の様子がぼんやりと思い出されました。驚いたのは、彼女が25年もの長い間、参加者名簿を手元に置いていたことです。戸惑いながらもすぐに返事を出すと、折り返し返信があり、New Jersey州に在住し、高校や大学で英語教師を勤めるかたわら、英文学の研究をしているとのことでした。
彼女の流麗な筆記体の文字は、今まで私が目にした中でも抜きん出て美しかったので、私一人が独占するのは勿体なく、クラスの学生たちにも見てもらいながら、私たちが出会った時のことを話しました。初めて目にした美しい文字に感嘆の声が上がったものの、当時の学生の大半は、文科省の方針で筆記体の読み書きができないまま大学生になっていたのです。しかし中には、「筆記体の練習を始めました・・・」と話してくれた学生もいて、嬉しく思ったものです。
さて、彼女とはもう20年余りも文通が続いていますが、それも2か月に一度くらいの割合での往復書簡となっています。海外の友人たちとの交流は、いつの間にか立ち消えになった場合が多いのに、彼女との不思議な絆は切れそうにありません。話題は互いの日常生活で感じていること、文学、芸術から日本とアメリカ、広くは世界中に渦巻いている政治問題にまで及び、止まる所を知りません。例えば、アメリカ大統領選の時の様子も克明に伝えてくれ、互いに一喜一憂したものです。日本が抱える政治問題にも関心があり、NHKの特別TV番組をしっかり観ているそうです。ある時には、安倍さんの後任に急遽、菅さんが総理大臣になったのは何故?と聞いてきました。私は説明するのに苦慮しましたが、その際に”backroom politics”や”backroom dealing”という英単語を知り、成程と思ったものです。そのうちJOCが抱える問題にも触れてくることでしょう。
数々の疑問に答えるのに四苦八苦しながらも、脳の活性化には役立つ、と楽しんではいましたが、手書きでの往復書簡にはお手上げでした。二度ほどP. S. として私のE-メールアドレスを記してみたものの、その後も彼女からは厳選された便箋や折々のカードに流れるように美しい文字で書かれた手紙などが届いたのです。ペーパーレス化が進む昨今なのに、文明の利器でのやりとりを諦めた私ですが、今では日本の芸術作品や風物などがプリントされた便箋や切手を探すのも楽しみの一つとなっています。私の下手な手書きの英文も、美しい便箋に助けられながら、紙だからこそ伝わる想いもあるのを実感しています。
世界中の人々が新型コロナに窮屈な生活を余儀なくされて、もう一年余りになります。New York市のすぐ近くに住む彼女からは、悲惨な状況とともに身内の方の悲しい知らせもありました。今年最初の手紙では、「雪が舞うのを眺めていると、教師時代のことが想い出され、あの頃の学生たちのことが気掛りでなりません。今は冬なのに美しいバラの花の便箋を使っているのは、As Shelley wrote, ‘If Winter comes, can Spring be far behind?’ in “Ode to the West Wind”. Spring, of course, is a season of hope, of growth, and I join the millions of people who hope to receive the Corvid vaccine by then. だからです」と書かれていました。返信には、「この一節は日本人にも馴染み深いのですが、”Winter”と”Spring”が擬人化され、疑問符が付いているのは考えさせられますね。それから日本のワクチンの接種状況はかなり遅れていて、政府のコロナ対策は迷走中です。便箋の赤いバラの花を見ながら、私も教師時代のある授業のことに想いを馳せています。
「当時、担当していた教養課程の英語は実用英語に限定されていたので、もしかすると学生たちは生涯、英詩に触れる機会がないかも知れず、私は内緒でどのクラスでもWilliam Blake の”The Sick Rose”だけは紹介してきました。英詩の読み方、この短詩に隠されている数々の暗喩の奥深さ、ドラマチックな展開などに学生たちは驚きながらも喜んでくれました。ある学生は、『もう、こそこそとした恋愛はしません』と発言して笑いを誘ったり、故ダイアナ妃まで話題にのぼったのを思い出せたのは、美しい赤いバラの花の便箋のお陰です」と綴りました。
これで暫くは手紙書きから解放されると思いきや、先ほど Valentine’s Day のカードが届きました。「フランスの教え子たちとScotlandへ旅した時に一緒に歌った、Robert Burnsの”Auld Lang Syne”が忘れられないけど、”Perhaps you’ve heard it and can imagine my singing it quite vigorously, in exuberant happiness of our friendship?” 」と添えられていました。この歌のメロディは、日本人なら誰もが知っていること、しかし、歌詞は原詩とは全く異なってしまったことなどを伝えようと思います。実は私は、The English and Scottish Popular Ballads :『チャイルド・バラッド』の翻訳メンバーの一人だった時、どうしてもバラッドの故郷Scotlandの風物に触れたくなり、その時に訪れたRobert Burns Centreは今でも鮮明に思い出されます。
彼女が話題にした”Auld Lang Syne”は、拙論「ハーディとバラッドの伝統 ― The Mayor of Casterbridge の考察(2)―」 Asphodel(2016)の中で取り上げたことがあり、偶然とは言え驚いています。日本ではこの歌の歌詞は紆余曲折をへて「蛍の光」となり、別れの曲として卒業式や閉店時などに使用されています。しかし原詩のテーマは、決して別れそのものではなく、「幼なじみ同士が再会した時には手を取り合って、楽しかった遠い昔の日々のために乾杯しよう」と友情の証しをうたっているのです。彼女には拙論の抜き刷りを送ってみますが、折り返し、長い感想文付きの返事をくれることでしょう。
一通の手紙から始まったeverlasting friendship は、snail mailながら20年以上も続き、今ではお互いになくてはならない存在となっています。流されがちな暮らしの中でも、大切なものを見失わないように、と教えられながら、彼女との不思議な縁は切れそうにありません。