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再びアラプールへ
(木田直子連載エッセイ-12)
「次回は歌ってもらうよ。絶対だよ。約束だ」
Singing Sessionの最後に掛けられた言葉がずっと心に引っかかっていたが、いったん日本の忙しない生活に戻ってしまうと、遥か地球の果てとも思えるアラプールまで足を延ばす余裕はなかなかなかった。2002年の夏に帰国。夫と二人、ゴールデンウィークに再びアラプールフェッシュに参加しようと決めたのは2008年の春。日本からネットで2008年アラプールフェッシュにエントリーした。
行くならやらねば!私はSinging Sessionに向けて準備を始めた。日本人だからといって特別扱いはされたくない。日本の歌ではなくスコットランド民謡を歌おう。歌詞の内容でスコットランド人の心を動かしたい。セッション会場のみんなと一つになりたい。できれば彼らを笑わせたい。そう考えた私は下記の「The sands o the shore」というトラッドなスコティッシュ民謡を選曲した。
『The sands o the shore』
CHORUS: The sands o the shore and the waves o the sea
When his back is turned he’s a stranger tae me
He’s a stranger tae me aye and sae let him be
For I care nae mair for him than the waves o the sea
1)
I aince had a sweetheart but noo I hae nane
He stole awa ma hairt but I got it back again
Aye I got it back again aye and sae let him be
For I care nae mair for him than the waves o the sea
※CHORUS
2)
He brocht tae me a praisent o a braw diamond ring
He thocht it wid entice me tae gang awa wi him
But I wasnae sea foolish as he’s taen me tae be
An’ I care nae mair for him than the waves o the sea
※CHORUS
3)
O’ He is the son o a high lord and king
And I am but the dochter o a pair working-man
Sea let him drink his wine aye an’ I’ll drink my tea
And I care nae mair for him than the waves o the sea
※CHORUS
楽しく快活なメロディーにのせたスコットランド民謡らしい皮肉たっぷりな言い回しとストーリ展開が、ブラックジョーク好きなスコットランド人たちの心を捉えるはず。英訳と和訳をすると下記のようになる。
『The sands o the shore』
和訳『海岸の砂』
CHORUS:
英訳
The sands of the shore and the waves of the sea
When his back is turned he is a stranger to me
He is always stranger to me and so let it be
For I care no more for him than the waves of the sea
和訳
海岸の砂と海の波
彼が私に背を向ける時 彼は見知らぬ人になる
彼は私にとって以前からずっと見知らぬ人 だからほっといて
私が海の波に過ぎない彼をこれ以上愛さないために
1)
英訳
I once had a sweet heart but now I have not
He stole away my heart but I got it back again
I have got it back again and so let it be
For I care no more for him than the waves of the sea
和訳
以前は恋人がいたけど 今はいない
彼は私の心をこっそり盗みだしたが 私はそれを取り戻した
私は再び心を取り戻している だからほっといて
私が海の波に過ぎない彼をこれ以上愛さないために
2)
英訳
He brought to me a present of a splendid diamond ring
He thought it will entice me to go away with him
But I wasn’t as foolish as he has taken me to be
And I care no more for him than the waves of the sea
和訳
彼は私に素晴らしいダイヤモンドの指輪をプレゼントした
彼は指輪で私の気をひいて 彼と一緒に行くよう私を誘惑しようと考えた
でも 私はずっと彼について行くほどバカじゃなかった
だから 私は海の波に過ぎない彼をこれ以上愛さない
3)
英訳
He is the son of a high lord and king
But I am just the daughter of a poor working-man
So let him drink his wine always and I will drink my tea
And I care no more for him than the waves of the sea
和訳
彼は貴族の王様の息子
でも私はただの貧しい労働者の娘
そういうわけで 彼には常に彼のワインを飲ませて そして私はお茶を飲もう
だから 私は海の波に過ぎない彼をこれ以上愛さない
もちろん、歌詞は暗記、旋律も暗譜。スコットランド民謡独特のリズムと、スコットランド語の意味と発音を体に叩き込む必要があった。一か月余り、私は暇さえあれば念仏のように歌詞を呟きながら過ごした。
2002年に帰国してから2回、私は歌のレッスンを兼ねてエジンバラを訪れていた。今回も友人たちに会うため、そしてエジンバラ滞在の頃から歌をご指導いただいているイヴォンヌ(Yvonne Burgess)先生のレッスンを受けるため、私たちはエジンバラに立ち寄った。
私の「The sands o the shore」を聞いたイヴォンヌ先生は
「Welldone!!」
と笑った。もちろん、イヴォンヌ先生はこの歌をご存知だった。それでも笑ったのは歌詞の内容が楽しかったからではなく、テンポの良いスコットランド語の早口言葉のようなこの歌を、日本人がなんとか歌いきったからではないかと私は思った。優しい彼女の「Welldone!!」
と言う言葉がかえって私を不安にさせた。スコットランド人だらけの会場で、これで本当に通用するのだろうか?
イヴォンヌ先生は「The sands o the shore」の中の3個の英単語をスコットランド語に書き換えた。
「私の知っている歌詞はこれよ。この方がよりスコティッシュ」
スコットランド民謡を学んでいると、往々にしてこのようなことは起こる。ネットやCDの歌詞カードに載っていた歌詞が、スコットランド人たちに伝承されている歌詞と少々違っていたりする。この土壇場で歌詞の変更は辛かったが、完璧なスコティッシュで挑みたい。
新しく頂いたスコティッシュな歌詞をブツブツつぶやきながら、私は夫と共にエジンバラからハイランドへと旅立った。今回は長距離運転が疲れるので、インバネスまで電車。インバネスでレンタカーを借りてアラプールに向かった。2001年5月に地図から目を離せず不安に駆られながら進んだ山道を、今はただ、懐かしく嬉しく思いながら走った。