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Singing Session 1

歌のセッション その1       (木田直子連載エッセイ-11)

 セッションの行われた場所に丸印

 アラプールフェッシュの間、セッションは毎晩開かれた。町中のパブやホールに各先生が散り、それぞれセッションが行われる。多種の楽器によるパブセッション以外に、歌(Singing Session)、ハープ(Harp Session)、ケーリーダンスやスコティッシュステップダンスが出来る会場もある。もちろんビール片手に見学だけでもOK!そんなことを毎晩夜明けまでやっているので、フェッシュ最終日ともなると先生たちはヘロヘロ。ジャニス先生は歌いすぎて喉がカサカサだと嘆いていた。大御所の先生たちはご高齢。それでも笑って頑張れちゃうスコットランド人の体力に感服する。 

 2001年のアラプールで私はフェッシュという未知の世界へ無知なまま入り込んでしまった。気付けば怒涛の3日間が終わり、そこにはスコットランド人やスコットランド文化を身近に感じる自分がいた。 
「『獅子の子落とし』と言うではないか。よくぞ這い上がってきた」 
と夫は私に変な褒め言葉をくれた。パブセッションでデビューし、夢に見たアリソン先生のハープレッスンもみっちり受けられた彼は上機嫌。いい気なものである。

 私が一つ残念だったのはSinging Sessionに参加できなかったことだ。コーラスのクラスメートから、
「昨晩は最高だった!」
と聞いて、私は初めてSinging Sessionの存在を知った。だから、翌年2002年のアラプールフェッシュに参加したとき、私は期待に満ちてSinging Session会場にひとり足を運んだ。
 比較的小さなパブ。正面にジャニス先生はじめ歌の先生たちや楽器奏者たちが並ぶ。向かい合って80脚ほどの椅子がぎっしり並べられ、参加者は飲み物を買って席に着く。立見が出るほどの人気。熱気ムンムン。Singing Sessionには他のセッションと違った独特な空気があった。それは、歌い手と観客との間に歌詞という「言葉」が介在しているからに他ならない。会場に来る人は、オペラやミュージカルのような張り上げた美声やHi-Cや超絶技巧を楽しみにやってくるわけではない。スコティッシュソングの歌詞の織り成す「お話し」を聞きたくてやってくるのだ。スコティッシュのメロディーやリズムにのった詩は、人々を大いに笑わせ、時には泣かせる。スコットランド人の心に迫る言葉を如何に紡ぐかという点に観客の注目は集まる。つまり観客は歌を聞いて笑ったり泣いたりしたくて会場に足を運ぶわけだ。場の雰囲気はずいぶん違うが、日本の琵琶法師や寄席の小話に似ている向きもあるように思う。 

 司会役の先生が、歌の先生や伴奏者の紹介をしてから、 
「誰か歌いたい人!」 
と聞いた。生徒並びに観客が歌うということらしい。手を挙げた人が自分の歌う歌の題名を告げ、その場で独唱した。基本は独唱、暗譜、歌詞も暗記。この独壇場で耳の肥えた観客の心を動かさねばならないというプレッシャーはいかほどのものだろう。
 伴奏は即興。楽器演奏者が知っている曲なら適当に、知らない曲でも歌っているうちに合わせて歌主導で伴奏を入れてくれる。即興で伴奏できるのが格好良い。伴奏はいらないと予め言えば、アカペラとなる。コーラスのある歌は会場のみんながコーラス部分を一緒に歌ってくれる。出来る人はハモりのパートを歌う。即興でハモれるのが、また格好良い。 私はセッションの運びを知らなかったので、歌の練習も心の準備もしていなかった。しかしながら会場にたった一人の東洋人である私は目立ち、先生に何回も 
「歌わないか?」 
と声をかけられた。 
「日本の歌でもいいよ」 
と先生は言ったが、辞退して観客に徹した。この白熱した会場を私の歌で興ざめさせてしまったら大変だ。

 魂の入ったスコティッシュソングが沢山聞けたエキサイティングな夜だった。知らない曲がほとんどで歌詞の内容が分からず、みんなと一緒に笑ったり涙したりすることはできなかった。もっと、勉強して一緒に笑えるようになりたいと切に思った。 
帰り際、司会の先生に呼び止められた。 
「次回は歌ってもらうよ。絶対だよ。約束だ」 
と先生は笑った。2002年5月の約束。しかし、その夏に帰国することは決まっていた。