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バーンズ版『Tam Lin』再考  筏津成一_(2008/10)

 Tam Lin (Child 39) の中で最も芸術性が高いとされるAバージョン(以下A)は,詩人ロバート・バーンズの創作とされており,そこには職業詩人ならではの技巧的表現があちこちに散見される。本小論では,Aと伝承版のBバージョン(以下B)の表現構造および語りの技巧を比較して両者のバラッドとしての本質的な差異について考察す る。
 Aにおいてバーンズが行った創作(改作)のポイントは,(1)読者好みの具体的表現の採用,(2)頭韻効果を狙った詩的表現,(3)詩行の表現効果を狙っての語(句)の付加・削除,(4)バラッド趣向を狙ってのcommonplace (常套句)の意図的な使用,(5)ストーリー展開の明確化(軌道修正),(6)神秘的な雰囲気の創出,(7)人物描写の精緻化,などである。紙幅の関係 上,以下,数例を挙げて,その表現効果について考察してみたい。
 (1)の例:バーンズはBにおける頭韻効果(/g/音: goud-gear)を敢えて犠牲にして,読者がイメージし易いhairを選択している。
O I forbid you, maidens a’         I FORBID ye, maidens a’
 That wear gowd on your hair  (A, 1)    That wear goud on your gear (B, 1)

同様に,生気溢れる若き女性のイメージをより具体的に表現するためにthingsringsへ変更されている。
Either their rings, or green mantles, (A, 2)  
Either their things or green mantles, (B, 2)

 (2)の例: 頭韻が極めて技巧的に使用されており,職業詩人(=バーンズ)の手によるものであることを伺わせる。そしてこれは,Aが実際の口承よりも,一編の詩として読まれることを想定して書かれたものであることを如実に物語っている。
I am sae fair and fu o flesh,
 I’m feard it be myself.  (A, 24)

 (3)の例:B (9)には見られなかった “Ance” (=once) を追加することによってジャネットの被った変化が巧みに表現されている。(「娘達の間で華であった過去」と「昔の栄光を失った現在」との対比)
And out then cam the fair Janet,
 Ance the flower amang them a’; (A, 9)

 また,表現効果を狙って,伝承版にはみられない詩行が追加される場合もある。 ‘Wi siller he is shod before, Wi burning gowd behind’ は「馬」を表現する伝承バラッドの常套句であるが,これはBには見られない。しかしバーンズは,敢えてこの2行を追加することによって読者を伝承バラッドの世界に誘おうと試みる。
‘The steed that my true-love rides on
 Is lighter than the wind;
Wi siller he is shod before,
 Wi burning gowd behind (A, 16)

さらに,“a greyhound” , “a red het gad o iron” へのタム・リンの変身 (B :31-32)は,A (32-34)では恐怖を強調するために “a bear”, “a lion”, “a burning gleed” へと変更されている。
 Aでは表現が精巧になる傾向がある。Bでは,
They’ll turn me in thy arms, lady,
 An adder and a snake; (B, 30)

という同一パターンが4連に渡って繰り返されているのに対して,Aでは巧妙に副詞(句)(“Again”, “And last,” , “And then” )を伴って反復されている。
‘Again they’ll turn me in your arms
 To a red het gaud of airn; (A, 33)
And last they’ll turn me in your arms
 Into the burning gleed; (A, 34)
‘And then I’ll be your ain tru-love,
 I’ll turn a naked knight; (A, 35)

真正の伝承バラッドは素朴でリズム感に溢れた表現をその特徴としているが,こうした副詞(句)の使用によってAの表現は「説明的・解説的」なものになっている。これも詩人が読者を念頭に置いて行った改変の一例である。
 伝承版Bの表現は形式的で反復的(formulaic and repetitive )な傾向を持っており,それらは当時の聴衆にとっては馴染みの深いものであった。
‘The first company that passes by,
 Say na, and let them gae;
The next company that passes by,
 Say na, and do right sae;
The third company that passes by,
 Then I’ll be ane o thae. (B, 26)
しかし,Aでは4行連へ短縮されて緊迫感を伴った表現となっている。
 ‘Oh first let pass the black, lady,
 And syne let pass the brown,
But quickly run to the milk-white steed,
 Pu ye his rider down. (A, 28)

 (6)の例:バーンズはバラッドの読者を意識して,登場人物の内面をより詳細に描写している。
Out then spak the Queen o Fairies,   Out than spak the Queen o Fairies,
 And an angry woman was she:     Out o a bush of rye:
‘Shame betide her ill-far’d face,      ‘Them that has gotten young Tom Line
 And an ill death may she die,                   Has the best knight in my company.
For she’s taen awa the boniest knight                  (B, 39)
 In a’ my companie. (A, 41)

A において女王の怒りの激しさが3行に渡って活写されているのに対して,Bでは女王の内面描写はみられない。この内面描写によってAに‘a theme of female jealousy’が導入されて詩行の含蓄が増し,現代の読者にとっても物語性に富んだバラッドとなっている。
 以上の分析結果を踏まえて結論的に言えば,A,Bはそれぞれ,「(教養ある?)一般読者の目に訴えるバラッド」と「(無学な?)一般大衆の耳に訴えるバ ラッド」として対比させることができる。換言すれば,詩人バーンズにとっては,伝承バラッドを忠実に再現するよりも,むしろ自らの芸術的嗜好に合ったバ ラッドを創作すること,すなわち,真正バラッドの復元よりも詩的バラッドの創作が第一義的関心事であったのである。
 最後に,口承バラッドと詩人による創作バラッドの関係について一言言及して小論の締めくくりとしたい。バラッドの「純粋論者」が詩人によるバラッドを真正バラッドとして認めない一方で,様々な伝承形態を認めようとする「穏健派」も存在する。そうした観点からバーンズ版「タム・リン」を眺める時,バーンズの 功績は,彼の創作したバラッドの詩としての芸術性よりも,むしろ,そのバラッドによって多くの人々(読者)を伝承バラッドの世界へ誘った点にあると言って 良いだろう。

(注)本研究ノートは拙論,“The Burns Text of Tam Lin Revisited”, (English Philology and Stylistics, ed. O. Imahayashi and H. Fukumoto. Hiroshima: Keisuisha , 2004: 124-32.) の内容を要約・抜粋したもので,紙幅の関係で注釈・出典をすべて省略しています。拙論に関心のおありの方は筏津までご一報下さい。