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連載エッセイ “We shall overcome” (15)

遠隔授業と『イン・メモリアム』   宮原牧子 2021-01-29

昨年4月からはじまった前期の授業は、すべて遠隔で行われることになった。同僚や学外の同業者の間で情報交換したり、娘の高校の遠隔授業を盗み見したり、ネットで情報を集めたりしながら、世間の「大学生は可哀そう」の裏にある「大学教員、なんとかしろよ」の風に煽られながらも、終盤にはユーチューバー気取りで前期を終えた。後期は一部対面の授業が再開されたものの、演習や実習以外の大人数の授業は未だ遠隔のまま。遠隔授業の形態にも様々あるが、特に対面の授業と遠隔の授業が混在するようになった後期は、学生たちの不利益にならないように、時間割によってはオンデマンドによる授業が推奨されている。TeamsやZoomを使った辛うじて顔が見える、あるいは声が聞こえる遠隔授業とは異なり、教員が事前に動画を作り(90分の授業動画を作成するのに、場合によっては数日を要したりする)、大学のプラットフォームにアップする(不具合がないかどうか動画の動作チェックも忘れてはならない)というオンデマンド形式の授業では、とんでもない手間がかかるにも拘わらず、学生たちはいったいどんな顔をして授業動画を観ているのだろうと大いに不安になる。わたしが学生だったら、絶対に寝っ転がって観る。しかも「早送り」で観る。
そんな中、年末のある授業でTennysonの詩を取り上げた。音羽書房鶴見書店の『英詩へのいざない』(Peter Milward著、木村俊幸編注)に収録されている次の2連だった。

Ring out, wild bells, to the wild sky,
The flying cloud, the frosty light.
The year is dying in the night;
Ring out, wild bells, and let him die.

Ring out the old, ring in the new,
Ring, happy bells, across the snow;
The year is going: let him go;
Ring out the false, ring in the true.

鳴り渡れ, 荒鐘よ, 擾乱の空に。
行き過ぎる雲を, 星々の凍れる光を劈いて。
年が逝く, 夜のあいだに。
鳴り渡れ, 荒鐘よ, 旧き年を逝かせるがよい。

鳴り渡って, 旧きを追い出し, 新しきを迎え入れよ。
鳴り渡れ, しあわせ運ぶ鐘よ, 雪一面の地上どこまでも。
年が逝く, 逝くものは逝かせるがよい。
鳴り渡って, 偽りを追い出し, 真を迎え入れよ。  (木村俊幸氏訳)

この授業は対面の授業に挟まれ、また2年生の必修であるため受講者が多いことから、オンデマンドでの実施となった。家族がウロウロしていない時間を見計らって静かな部屋に一人籠り、異様なハイテンションで授業動画を撮影するという、見た目は滑稽だがとてつもなく孤独な作業にも慣れてはきたが、遠隔の授業においてどうすれば学生たちに詩の面白さを実感してもらえるのだろうと、例年以上に授業の構成に頭を悩ませる日々だ。また、対面の授業と違ってその場で詩を音読したり暗唱したり、学生と、あるいは学生同士で詩の感想を言い合ったりすることもできないため、どうしても授業が単調になる。「困ったときの動画頼み」、何か楽しい工夫をと思い、いつものようにYouTubeを検索していたところ見つけたのが、‘Berkshire Middle School 8th Grade Quarantine Choir’による“Ring Out Wild Bells”の合唱だった。昨年の春以降、有名アーティストたちによるリモートコラボパフォーマンス映像が多く公開されるようになり、わたしたちは音楽が決して「不要不急」にあたらないことを再認識した。映像を公開しているのはプロだけではない。アマチュアのパフォーマンス映像も多数公開されている。特に説明はないが‘Berkshire Middle School 8th Grade Quarantine Choir’はおそらく授業の一環で結成された、強制参加のコーラスチームなのだろう。中段の男児のうち、1人は鼻をほじりながら(?)歌い、もう1人は歌い終わった「瞬間」にカメラをオフにする。仕事柄、真っ先に浮かぶのは指導する先生の苦い表情なのだが、古今東西「男児あるある」だなと微笑ましくもあり、わたしはこの合唱がとても好きになった。そして思った。「よし。これをきっかけに残りの6連を読もう。」
対面の授業ではいい意味での不測の事態がよく起きる。詩を読んだ感想を言い合った結果、学生が詩の内容に関連する(?)話題を提供してくれたり、学生の反応を見ながら他の作品の紹介をしたりと、90分の授業はあっという間に終わる。しかし、オンデマンドの授業動画ではそうはいかない。テキストの2連とそれに付けられたピーター・ミルワード氏の解説では、90分にもたないぞと思っていたところだった。この2連は『イン・メモリアム』の第106部からの引用なのだが、この部分は実際には8連から成る。実はテキストに掲載されていない残りの6連に、テニスンが現代の世を予言したかのような表現が次々と出てきて面白いのだ。

Ring out the want, the care, the sin,
The faithless coldness of the times . . . .
鐘を鳴らし 窮乏と不安と罪を追い出せ
不誠実な時代の冷酷を追い出せ

Ring out false pride in place and blood,
The civic slander and the spite;
Ring in the love of truth and right,
Ring in the common love of good.
地位や血筋の驕りを追い出せ
巷に広がる誹謗や悪意を追い出せ
真実と正義を愛する心を呼び入れよ
あまねく善を愛する心を呼び入れよ

Ring out old shapes of foul disease,
Ring out the narrowing lust of gold . . . .
長く蔓延はびこる悪しき病を追い出せ
金を求める狭き心の欲望を追い出せ

余計な説明は必要ないだろう。優れた詩とはなんと普遍的なものか。『イン・メモリアム』は、テニスンが早世した親友ハラムへの想いを十数年にわたって書いた長編詩として知られているが、テニスン自身はこの詩を個人の叫びではなく、全人類の叫びなのだと語ったという。この長編詩にうたわれているのは、ただただ悲しみに暮れる個人の想いだけではない。テニスン自身の変わりゆく時代に対する思い、そして未来への思いまでもがうたいこまれている。
テニスンが『イン・メモリアム』を発表した後の19世紀後半、英国には良くも悪くも新しい価値観を求める時代が訪れた。これから日本は、世界は、どんな価値観を求める時代を迎えるのだろう。今、人々に優しさが欠けてるとよく耳にする。ネット上の匿名の攻撃は今に始まったことではないが、感染者の個人情報が流出し、彼らに対する誹謗中傷のビラがまかれ、マスク警察が登場し(最近では不織布マスク警察まで現れたのだとか)、電車の中ではくしゃみ一つで諍いが起きる。自分の身を守るため、わたしたちには他者を思い遣る余裕があまりにもない。しかし、テニスンは『イン・メモリアム』の中でこうもうたっている。「優しさ」や「愛」が大切なのだと。
そう、優しさと愛だ。まずは遠隔授業の準備に疲れ果てていたわたしを癒してくれた、鼻をほじりながら(?)も一生懸命に歌う子どもたちと、わたしたちと同じように遠隔授業に苦労している(のであろうと勝手に想像している)先生に愛を贈ろう。‘Berkshire Middle School 8th Grade Quarantine Choir’の合唱の再生回数を増やそう。うっかり授業ではPowerPointにダウンロードした動画をはめ込んでしまったために、再生回数を増やすことに協力できなかった。ちなみに2020年6月16日に公開されたこの動画、2021年1月22日時点でまだ再生回数は未だ21回。皆さん、どうか動画にアクセスして彼らの歌声を聞いてください。そしてその際にはぜひ、中段の2人にご注目を。

https://www.youtube.com/watch?v=tbMAUtifIOA