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日本バラッド協会設立の経緯  山中光義_(2013/5)

 [本稿は、「広島日英協会々報」No. 97 (2013年1月31日発行)に掲載されたものを、編集・発行者の許可を得て、最新会員数など一部加筆修正したものである。]

0. ヨーロッパ各国で広くうたい継がれてきた作者不詳の物語歌である「バラッド」がいつ頃生まれたかということは特定できませんが、残されたマニュスクリプトの一番古いものから、一応13世紀以降ということになっています。そして、純粋に口承伝承されてきたバラッドの歴史に大きな転換点をもたらしたのは15世紀後半に始まる印刷術の発達でした。ウィリアム・キャクストンがロンドンのウェストミンスターの地にイギリス最初の印刷所を開設したのは1476年ですが、これによる印刷文字文化の誕生が新しいタイプのバラッドを生み出すことになりました。「ブロードシート」(‘broadsheet’)と呼ばれる片面刷りの大判紙に歌詞と楽譜を印刷して、路上でうたい、売る、という商売が成り立つことになったわけです。この新しいタイプのバラッドは「ブロードサイド・バラッド」(‘broadside ballad’)と呼ばれましたが、それまでの純粋な口承歌にあった独特に様式化された物語歌に対して、印刷技術の近代性に支えられたこの新しいタイプのバラッドは、時局の政治的、社会的事件を文字にして即刻人々に伝えるところに大きな魅力を生み出しました。イギリスで最初の新聞 London Gazette(当初はOxford Gazetteと言いました)が発刊されたのは1665年ですが、ブロードサイド・バラッドは、いわば新聞に先駆けてジャーナリスティックな役割を担いました。もともとは口承であったものがブロードサイドとして登場したり、逆に、最初はブロードサイド・バラッドとして生まれたものが口承化したりもして、両者の交流は時代の変化と場所の移動の中で錯綜してゆきました。この経緯から、両者を一括して「伝承バラッド」(‘traditional ballad’)と呼ぶ習わしです。  それらの歌には自然から学んだ無常観が底流にあって、求愛の成功と失敗、殺害、復讐、後追い自殺、嫉妬と呪い、忠誠と裏切り、近親相姦、アーサー王伝説、キリスト教物語、海戦譚等々、実に多様な物語に出会います。加えて、物語を一段と豊かにしているのは妖精、悪魔、人魚、亡霊などの異界の登場人物たちです。他方で、日常性あふれる夫婦喧嘩や間抜けな男女の姿もうたわれます。

1. 18世紀以降、そのような伝承バラッドを蒐集し、印刷物の形で残す作業が盛んになってきました。中でも、イギリスやドイツのロマン派詩人たちに与えた影響という点で最も有名なものはトマス・パースィ(Thomas Percy)編纂の『英国古謡拾遺』(Reliques of Ancient English Poetry , 1765)です。これによって、民族の遺産としてのバラッドの存在に多くの詩人たちが注目するようになり、「バラッド詩」(‘literary ballad’)と呼ばれる独特の模倣詩が生まれてきました。1 (右の挿絵はR. Brimley Johnson選 Popular British Ballads: Ancient and Modern 4巻(London, 1894)の表紙を飾ったW. Cubitt Cookeによるもの。バラッドを聴いて感動したという、16世紀イングランドの宮廷詩人Sir Philip Sidneyの有名な言葉が添えられている。) 19世紀末までの蒐集成果を網羅的にまとめたものがフランシス・ジェイムズ・チャイルド(Francis James Child)編纂の『イングランド・スコットランド民衆バラッド』(The English and Scottish Popular Ballads, 1882-98)というもので、ハーバード大学文献学者であったチャイルド教授によって、歌の内容から305種類に分類され、それぞれの歌に多いものでは20種類の異版を添えて、各歌の内容、背景、ヨーロッパ各国での類似の歌の紹介等々の詳細な頭註が添えられました。  
 20世紀に入ってからも、移民とともにアメリカに伝わっていったバラッドの蒐集や、1950年代以降のスコットランドに残る口承バラッドの蒐集など、その作業は今日まで継続しており、また60年代になって、ジョウン・バエズらがベトナム反戦歌とともに伝承バラッドをうたい、変奏した形でのバラッド・リバイバルを生み出しました。1991年度世界幻想文学大賞を受けたエレン・カシュナーの『吟遊詩人トーマス』 (Ellen Kushner, Thomas the Rhymer, 1990; 井辻朱美訳、早川書房、1992年)は、有名な伝承バラッド「うたびとトマス」を小説化したものであり、また、2000年サンダンス映画祭特別審査員賞を受賞した『歌追い人』(Song Catcher)は、アメリカ・アパラチア山岳地帯でのバラッド蒐集活動を感動のヒューマン・ラブ・ストーリーに仕立てたもので、貧しい暮らしの中で喜びや悲しみをうたいながら生きてきたアイルランドやスコットランドからの移民の人々の伝承歌が魂を揺さぶる名作であります。
1. 1. 私を含めた9名からなる「バラッド研究会」が2005年から6年にかけて『全訳 チャイルド・バラッド』 全3巻(音羽書房鶴見書店)を刊行しました。2  タイトルを『チャイルド・バラッド』としたのは、‘Child’の名前と功績が日本において未だに浸透しておらず、「こどものうた」のごとき誤解があるからで、題名に敢えて「チャイルド」を入れることでこの名前がよく知られるようになることを期待しました(右は、第1巻の表紙)。そもそもバラッドとはどういうもので、その研究が英文学研究においてどういう意味を持つのか等々についての原稿の依頼を受けて寄稿した『英語青年』(2007年5月号)誌上で、私は最後に提言として、「歌そのものとしてのアプローチ、民族の文化遺産としてのアプローチ、詩としてのアプローチの三者が、従来ややもすればバラバラに展開してきたところにバラッド研究の停滞の原因があったのではないかと考えられる。これら三部門が一堂に会した研究発表の場が設けられることが、バラッド研究の今後の発展にとって重要なことではないか」と記しました。提案に賛同を得て、同年9月に「日本バラッド協会」(The Ballad Society of Japan)を立ち上げる運びとなった次第です。
1. 2. ラフカディオ・ハーンが日本におけるイギリス伝承バラッド紹介の扉を開き、3  以来 100年余の歳月が流れました。その間に、岡倉由三郎、原一郎、平野敬一諸氏ら先達のご努力によってバラッド研究の芽は成長を続け、レコードやCDからも 様々なバラッドが紹介されてきました。そうした中で私共の翻訳が刊行されて、いよいよバラッドの全体像に迫る機は熟したと考えました。そして、ハーンの時代には想像も出来なかったインターネットの時代を迎えた今日、協会のホームページを通して様々な情報交換を行い、年に一度は会員が顔を合わせて親睦を深める、そのような新しい形での協会にしたいと考えて、ネット上で参加を呼び掛けました。入会手続きもすべてホームページ上でなされますが、現在会員数が71名になりました。会員の自己紹介もホームページ上に公開しておりまして、学部の大学生から現職の大学教員、会社員、退職者まで、音楽学者から演奏家まで、多種多様な会員が集まっています。バラッドの持つ多面的な魅力の一端を、自己紹介文からご案内してみましょう。
1. 3. 「大学では主にラフカディオ・ハーンを研究しています。彼の著作を読む度にバラッドへの深い愛情を感じます」というMさんは大学院生、「学生時代からフォーク、ブルーグラス、ロック、クラシック、ジャズ、ラテン、シャンソン、ファド等さまざまな音楽を聞くのが好きだったのですが、約40年前に友人宅で初めて聞いたPentangleを通してブリティッシュフォーク、特にバラッドに引き込まれるようになりました。昨年2月に会社を定年退職して4月から今年3月までロンドンに1年間住んでいたときにSteeleye Spanのコンサートに行くことができて、ますますブリティッシュバラッドの魅力を再認識しました」とおっしゃるOさんは典型的なフォーク世代、「バラッドとの出会いはPentangleのCruel Sister。いまはソロと3人組のグループでバラッドを歌っています。自分が歌っている曲のルーツや歌詞の内容に興味があります」とおっしゃるKさんは北海道でご活躍のバラッド演奏家、「17世紀イタリアオペラにおける「狂乱の場」、王政復[古]期イギリスの狂乱歌について研究しており、後者の背景としてバラッドに興味を持っております」とおっしゃるMaさんはロンドン在住の音楽学者、「入退会は自由・年会費は不要・バラッドに関心のある人たちのサロン的な雰囲気等、いずれをとっても昨今では稀有な自由な協会で気に入りました」と言って入会されたのは英国喜劇を研究なさっている大学教授、「有名無名の詩人たちの作品と伝承バラッドとの思いがけぬ濃厚な関係が見つかったり、よく知っている音楽のルーツがバラッドの音楽だったりと、バラッドの世界は未知との遭遇です」と書かれているNさんは英詩の研究家、「修論(グラスゴー大学)では、スコットランド啓蒙やナショナリズムとの関係からバラッドを論じました」と書かれたグラスゴー在住のYさんは現地の会社勤務、等々。

2. 協会活動の舞台であるホームページで構築されているサイトの主なものをご紹介しますと、「協会規約」や「入会のご案内」などはもとより、チャイルド以前やチャイルド以後のバラッド集などの「リンク集」や「会員交流リンク」、会員の新刊・近刊・論文案内などの「情報広場」、「研究ノート」や「書評」、「文献解題」、‘Discography’、‘Bibliography’、 「音と映像からのバラッド」、「Pentangle追っかけの旅」や「犬とバラッド」などの「エッセイ」のページ等々です。会員には事務局より毎月「協会通信」が(2013年3月現在73号まで)配信されています。親睦を目的とした「会合」を毎年1回開催していますが、その時には特別講演とシンポジウムの企画をいたします。ちなみに過去のシンポジウムの題目をご紹介しますと、「George Mackay Brownとバラッド — intertextual readingの試み」、「小説の中のバラッド — ルイス、シェリー、ハーディ、カシュナーはどのようにバラッドを使ったか」、「バラッドの音楽」、「イギリス演劇とリサイクルされるバラッド」などです。

3. これからも協会のホームページ(http://www.j-ballad.com/)を通して、国内外の情報交換等の充実、研究ノートやエッセイの掲載などにつとめてゆく所存です。なお、最近ではFacebookに「グループ日本バラッド協会」を開設し、より気楽なレベルでの交流の場も設けています。4  
 最後に、紙上をお借りしまして、広島日英協会会員の皆様のご入会を心より歓迎いたします。

(註)
1. 私を含めた5名のグループで、18世紀から20世紀にわたる140余名の詩人の作品740余篇を『英国バラッド詩・アーカイブ』(http://literaryballadarchive.com/)としてインターネット上に構築する作業を進め、2009年6月に一応の完成をみた。これによって今後、バラッド詩を詩人別に、あるいは時代別に、網羅的に読むことが可能になり、現在は、作品の日本語訳の作業を進めている段階である。
2. 第2、3巻は独立行政法人日本学術振興会平成17・18年度科学研究費補助金によって出版された。
3. 明治23年に雑誌特派員として来日したハーンは、英語教師として松江中学に、その後、熊本の五高へ赴任の後、明治29年より東京帝国大学で英文学を講じ、「詩の最古の形としてのバラッドと世界文学との関係を考察し、次いで、近代文学との関係、とりわけその最初期の影響について考察した」と、その講義録に記している。
4. なお、私事ですが、一般の方々にバラッドの魅力をご紹介することを目的に、「魅惑の物語世界 – やまなか・みつよしのバラッド・トーク」(http://balladtalk.com/) をネット上に開設しております。各歌の内容を解り易く解説し、英語の原文と日本語訳、作品をめぐる往時の挿絵などを添え、蒐集された口承歌や現代のコンサート歌手などがうたう歌も聴けるようになっています。月一回のペースで書いて、2013年3月現在第45話まで進んでいるところです。