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ジーン・レッドパスは何を思う   山中光義_ (2014/12)

 9月21日朝のBBC NEWS SCOTLANDのウェブページは、一人のスコットランド人フォーク歌手の死を伝えていた。米国・アリゾナ州のホスピスで8月に亡くなったジーン・レッドパスだ。  
 1937年生まれの彼女は、スコットランド研究所を有するエディンバラ大学を卒業後、61年、米国に渡ってプロ歌手になった。「神の声」とたたえられたメゾ・ソプラノの美声で母国の伝承歌を歌って世界中の人々を魅了し、87年には大英帝国勲章を受けた時代を代表するフォーク歌手だった。彼女の死を報じたページの右上には、スコットランド独立の可否を問う住民投票の結果があり、40万票差をつけて「ノー」となっていた。  
 スコットランド研究所は第2次大戦後のナショナリズムの高揚の中で、伝統的な民族文化遺産の収集・研究・保存活動と成果の公開を目的に51年に設立された。ゲール語やスコットランド語の歌や民話を集め、地名・人名・方言などの文化研究の中心的存在として国内外に知られるようになった。75年にはバラッドなどのレコード・シリーズ『スコットランドの伝統』全7巻を刊行した。   
 ところがその後の刊行活動がぴたっと止まり、間もなくあらゆる収集活動が中止される羽目になった。戦後の英国は、79年から80年にかけて滞在していた私のように、税金を一度も払っていない者にも医療費タダという(従って、その恩恵を求めて大量の移民が増え続けた)理想的な「福祉国家」を目指した。その破綻を救済すべく登場したサッチャー政権(1979-90)による教育予算の大幅縮小の猛威に研究所はさらされたのだった。  
 報道でも取り上げられたサッチャー首相の鉄の断行がスコットランドに与えたダメージを、身をもって体験したことを思い起こした。他にも、スコットランドで発行されたポンド紙幣がロンドンでは通じない等々、25年たっても変わっていないことに妙な懐かしさを覚えた。  
 かつて研究所が収集・保存に力を入れた「バラッド」とは、文字を持たない貧しい民衆の間で遠い昔から歌い継がれてきた物語歌。求愛の成功と失敗、嫉妬と呪い、アーサー王伝説、キリスト教物語、日常性あふれる夫婦喧嘩げんか、そしてその世界を一段と豊かなものにしている妖精、悪魔、人魚、亡霊なども登場する、想像力あふれる世界だ。  
 イングランドとスコットランドの抗争もたくさん歌われた。「メイズリー」では、国境を挟んで生まれたがゆえにその愛を引き裂かれ、火あぶりの刑になるという若者の悲劇が歌われ、「チェヴィオットの鹿狩り」ではそれぞれの立場からの戦いの記録が表現されているが、冒頭には、後の世に生まれる子供たちがこの争いを悲しむだろうという言葉が添えられている。  
 母国の伝承歌を万人の共通遺産とすることに腐心したレッドパスの、独立投票をめぐる内心は果たしてどうだったのだろうか・・・。

(2014年9月27日(土)の西日本新聞朝刊「随筆喫茶」に掲載された記事から転載)