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Feis in Ullapool – 4

アラプールでのワークショップ体験 – その4  (木田直子連載エッセイ-5)

 「では、パートに分かれて」
とジャニスが言った。言葉も勝手もよくわからない私はオロオロするばかり。みんなの様子を見ていると、音域を考慮しつつ自分の好きなパートに入るようだ。
 スコットランドでケルト音楽を学んで戸惑ったことのひとつに、自己申告がある。ワークショップに参加する際は、受講するクラスをランクも含めて自分で選ぶ(実力を見ながら途中で自らクラスを変更できる場合もあるし、稀に先生が変更の依頼を出すこともある)。コーラスのクラスでは、パートも自己申告。生徒の声を聴いて先生がパート分けをすることはない。
 スコットランド女性には、東洋人にはなかなか出せない低い癒しの声を持っている人が多い。残念ながら私には到底出せない低音。日本でもソプラノの私は、スコットランド人の中では、どう転んでもソプラノだろう。私はソプラノパートに入ることに決めた。

ジャコバイトの先頭に立つのがパイパー

 さて、2曲目は“Donald MacGillavry”。トラディショナルなジャコバイトソングであるが、近年、Silly Wizardtが歌ったことによって人気が出た(聞きたい方は、こちら→ http://www.youtube.com/watch?v=appBtXoxfb8)。ジャコバイトについて歌ったスコティッシュソングを特にジャコバイトソングと呼ぶ。ジャコバイトとはイングランドからスコットランドを奪還しようと立ち上がった義勇軍だ。タイトルになっているDonald MacGillavryとは一体何者なのか?ジャコバイトを支援していたMacGillavry一族の記録、また、MacGillavry家のDonaldがカローデンの戦いから敗走中に惨殺されたという記録はある。但し、作詞をしたJames Hogg(1770年頃生誕)が史実を描いたかどうかは疑問視されており、歌詞に出てくるやたら強そうなDonaldが、カローデンの戦いに参戦していたDonaldなのかどうかはわからない。James Hoggの書いたいわく付きの傑作と言えよう。
 歌詞は5番まであって長いので、1番だけ紹介する。簡単な歌詞なのでスコットランド弁だけ訳をつけておく。
♪Donald MacGillavry
Donald’s gane up the hill hard and hungry
Donald’s comes down the hill wild and angry
Donald will clear the gouk’s nest cleverly
Here’s to the king and Donald MacGillavry
Come like a weighbauk, Donald MacGillavry
Come like a weighbauk, Donald MacGillavry
Balance them fair, and balance them cleverly
Off wi’ the counterfeit, Donald MacGillavry
スコットランド弁訳
*gane = gone
*gouk’s ばかげた
*weighbauk 重い垂木
*wi’= with
韻を踏んだ音とリズムを楽しむ曲。ジャニスは、特にリズム重視で指導にあたった。スコティッシュ独特のリズム。本日スコティッシュソング初体験の私は、みんなの真似をするしかなかった。

 ところで、英国人は中世頃から、主旋律の上3度に対旋律をつけること(ディスカント様式)が得意らしく、スコティッシュソングのコーラスでも上3度でハモることが多い。したがってソプラノが主旋律をとることは少ない。案の定、1曲目に続き2曲目もソプラノはハーモニーを歌うことになった。主旋律のパートは上記の歌詞に続き5番まで違う歌詞を歌うのだが、ハーモニーのパートはずっと下記の歌詞をくり返すだけ。
Hey! Donald Mac, Ho! Donald Mac
Hey! Donald Mac, Ho! Donald Mac
Think weel on ye crown Donald Mac
Gie crash for crash in the battle my Donald Mac
スコットランド弁訳
*weel = well
*gie = give
これなら私でも歌えるぞ。

 午後のティータイムになった。英国人にとって必須のティータイム。午前中に体験済みなので、もう要領は得ている。ミルクティーとビスケットを持って外に出た。すると、スコティッシュソングのクラスで隣に座って色々教えてくれた訛りの強い英語を話すおばさんエレノアが、パートナーらしき男性と一緒に近づいてきた。見れば、エレノアのパートナーのボブは、先ほどまで一緒にコーラスのクラスで歌っていた良い声のおじさんだった。なるほど、民謡好きなご夫婦なのだ。エレノアは、午後はガーリックソング(スコットランドのケルト語で歌われる民謡。一般にはゲーリックと呼ばれるが、スコットランド人は敢えてガーリックと発音している。地域ごとに、単語や文法にも違いがある)のクラスに参加していると笑顔で話した。
「ジャニスのクラスは楽しい?」
と聞かれたので、
「楽しい」
と答えた。少しずつ顔なじみが増えて、ティータイムも好きになってきた。

午後のクラスが終わった。校門で夫と会えた。
「大丈夫か?」
と心配そうに聞いたので、
「少し楽しくなってきた」
と答えた。
 宿泊先のB&Bの部屋に戻ると、私はコーラスのクラスで練習した曲を夫に披露した。
「すごい!スコティッシュらしく聞こえる!!」
夫が驚いたので、ちょっと良い気分になって、明日もフェッシュに参加することを決めた。