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チャイルドの最初のバラッド集

[櫻井雅人_(2012/9)]

 フランシス・ジェイムズ・チャイルドの『イングランドとスコットランドの民間伝承バラッド集(ESPB)』(1882-98)が刊行されて以来、それよりも40年前ほど前に出版された彼の8巻本のバラッド集(English and Scottish Ballads)はあまり注目されてこなかった。何よりも当の本人がこのバラッド集に触れることをやめている。『ジョンソンの新ユニヴァーサル百科事典(Johnson’s New Universal Cyclopædia), vol. 1』(1875年初版)に寄稿したチャイルド唯一のバラッド解説記事である “Ballad Poetry” の書誌には、“English and Scottish Ballads, by F. J. Child, 8 vols., Boston, 1860, which contains all but two or three of the ancient ballads, and a full list of collections” とあったが、ESPBの第8部が出版された1892年にこの箇所は “The English and Scottish Popular Ballads, by F. J. Child, Boston, 1882-92, 8 parts, and one to follow, which will contain a full bibliography” (1900年版を参照した)と書き直された(当初は9 parts で完結の予定であった)。ESBESPB以前ではもっとも包括的なバラッド集であるし、チャイルドにとってもESPBというライフワークに乗り出すきっかけになった記念すべき出版物であったはずであるが、ESPBの序文でESBは一言も言及されず書誌にも挙げられていない(ただし、ESPB完成後に付されたキトリッジが書いたチャイルドの経歴およびDover版に転載されているハートの論文ではもちろん言及されているが)。さらに、日本では現物を見る機会がほとんどなかったので、ESPB でさえ入手することが困難であった時にESB までに手が回らなかったのはいたしかたがないだろう。
 ESBは 若きチャイルドが編修をした The British Poets という叢書の一部であり、無名の民衆の作品群がミルトンやシェイクスピアなどと並んで英文学の書架に並べられることになる画期的な出版であった(しかも8 巻ともなると、この叢書でこれを超える分量はSouthey の10巻本くらいである)。この意味ではパーシーの『古英詩拾遺集』の役割と似たところもある。出版時にはThe Living Age 誌(vol. 63, issue 801, 1861, pp. 26-27) にも好意的な書評が載った。それまでのバラッド集に比べると単に収録の量のみならず校訂もすぐれていると言うし、欠陥としては “general introduction” がないことが挙げられているくらいである。チャイルドはパーシーやスコットなどによる主だったバラッド収集(刊行本)の集大成の作業をすでにESB で行っていたのである。
 ESB の出版年を “Ballad Poetry” では1860年としている。1860年版は何年か前にミシガン大学のデジタル・アーカイヴ(The Making of America)で公開されて容易に参照できるようになった(現在ではいくつかのサイトから入手可能で、Google Book Search には1857-58年版もある)。そこで早速読んでみると、序文はあたかもこれが初版であるかのような文章である(表紙にも標題紙にも「新版」とは書かれ ていない)。ところが、ESB の初版は1857-58年版であるというので、たまたま機会があったのでそれほどの期待もせずに1857-58年版(ただし、6-8巻は1859年のセッ トであった)を入手してみた。すると、1860年版(イギリスでは1861年版)にはかなり大きな変更が加えられていることがわかった。見かけはたいした違いもなさそうであるので、堂々と「第2版」と銘打って1860年版を出してもよかったとも思えるのであるが、チャイルドはそうせずに1857-58年版を葬り去ったように見える。すぐに改訂版を出すことができたという事情から考えると、売れ行きはそれほど悪くなかったはずである。あるいは、数年もしない うちに絶版にしなくてはならないほどの欠陥があったのだろうか。
 1857年版にはいくつかの興味深い点がある。たとえば、序文でPeter Buchan のバラッド集に関して “Some resolution has been exercised, and much disgust suppressed, in retaining certain pieces from Buchan’s collection, so strong is the suspicion that, after having been procured from very inferior sources they were tampered with by the editor.” と言う。また当初は5巻の予定であり(Preface, pp. x-xii)、さらに “an Essay on the History of Ballad Poetry” を最後(つまり、第5巻)に載せることを予告した(p. xii)。Literary ballad, romance, song (“Willow, Willow, Willow” など) もいくらか含まれている。第1巻が出た後で、チャイルドは全8巻に大変更をする。後半の 5-8巻では imitation は含まないなどと幾分か編集方針を変えているが、それでもチャイルドは不満足であったようだ。そこで、すぐに新版を1860年に出して、収録作品の入れ替えを行うとともに、まったく新しい序文をつけることにした、と読み取れる。この序文にはBuchan版への “disgust” とか “Essay” の予告などは書かれていないし、1860年版が1857-58年版の改訂版であることさえ伏せてしまった。さすがに1858年の第5巻の序文では黙っていることができなかったとみえて “Owing to a press of occupations, and other circumstances, partly unforeseen, this purpose [i.e., ‘to insert in the concluding volume an essay on the History of Ballad Poetry’] could not be carried out, in a manner at all satisfactory….” と言い訳をしていたが。
 チャイルドは1860年版編修のころからバラッドに対する考えを次第に変えていく。より伝承版に近いものを重視し、長らく参照できなかったBishop Percy’s Folio Manuscript (1867-68) が出版されてからは、スコット、マザーウェル、ハードなどの稿本も求めるようになった。そして、編修方法に関してはグルントヴィ(Svend Gruntvig)のデンマーク・バラッド集を手本にして、fragment さえも収録する新しいバラッド集に取り掛かったのである。単に作品の取捨選択や詳しい注釈のみにとどまらない。一見すると些細なことと受取られるかもしれ ないが、“Edward” (Child #13) の場合、ESB では “The Twa Brothers (Jamieson 版),” “Edward, Edward (Percy 版),” “Son Davie, Son Davie (Motherwell 版)” の順に並べていたが、ESPB では “The Twa Brothers” を別項目(#49)にしただけではなく、#13 では “Son Davie, Son Davie” を A に、”Edward” を B と順序を入れ替えた(#13 の題を “Edward” としたのは中途半端な態度ではあったが)。つまり、ESPBESB の「改訂版」ではなく、この出版にはチャイルドのバラッド観の変化に伴う別の大きな目的があった。
 ESPB は1882年に第1部が出てから、完成まで16年の歳月を要した(最終巻はチャイルドの死後に弟子のキトリッジが編修した)。ESBの初版から数えると実に40年が経っている。ESPBの続刊が出るたびに付されているおびただしい Additions and Corrections を見ると、チャイルドのバラッド研究には終わりがなかったようである。彼のことだから、おそらく編修の途中で改訂版を出したいと思っていたであろうし、ESB から ESPB へ至る編修方針の変化から推し測ると、もしも彼がさらに100年後まで生きていたならば、ESPBは2回くらいの大改訂をして、すっかり様変わりしたものとなっていたかもしれない。