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外国から促されるバラッド研究

[三原 穂_(2014/10?)]
 
 トマス・パーシー(Thomas Percy)は1765年にバラッド集『英国古謡拾遺集』(Reliques of Ancient English Poetry) の初版を刊行したが、この種本になったのが、彼が友人ハンフリー・ピット(Humphrey Pitt)の家で偶然見つけたフォリオ写本(Folio MS)であった。その時、この写本は、ピット宅で働く女中が火種を起こそうとして焼却寸前の状態にあったところをパーシーによって保護されたのである。し かし、損傷が激しかったため、パーシーは、この写本を、『拾遺集』を編集するための単なる足掛りにしようとしていただけであるようだ。(1) したがって、同題のバラッドでも、フォリオ写本と『拾遺集』との間にかなりの違いがみられるものがある。現代的視点からすると不正だとみなされかねないこのような書き換えを行ったことを隠すため、パーシーはこの写本を門外不出とし、1867年から68年にかけてジョン・ヘイルズ(John W. Hales)とフレデリック・ファーニヴァル(Frederick J. Furnivall)がこの写本を印刷し、(2) 白日の下にさらすまでのおよそ100年間、パーシーの子孫が他人の目に触れぬように所蔵し続けていたのであった。(3) ヘイルズとファーニヴァルは、フォリオ写本と『拾遺集』の間のかなりの相違に注目し、『拾遺集』がフォリオ写本の忠実な印刷版になっていないことを欠点とみなした。(4) パーシーとは違って、彼らは、フォリオ写本に忠実な印刷版を編集したのであった。

 このようにフォリオ写本の印刷版が出版された背景には、実はアメリカの学者の働きかけがあったのである。その学者こそ、フランシス・ジェイムズ・チャイ ルド(Francis James Child)であった。彼は、ファーニヴァルに、秘密のヴェールに包まれたフォリオ写本を印刷して公にするように促していたのである (Furnivall, foreword ix)。チャイルドは、『英蘇バラッド集』(English and Scottish Ballads, 1861)の第1巻の序文の中で「今イングランドのバラッド文学に対してなされうる最大の貢献は、この貴重な文書[フォリオ写本]を出版することである」と言っている。(5) これに対してファーニヴァルは、「アメリカ人が私たち以上にイングランドの写本に関心を示していることを、私たちはイングランド人として、恥ずかしく感じざるを得なかった」と述べている(Furnivall, foreword x)。外国からの影響で、自国の伝統文化の保存がなされた好例である。

 アメリカからの刺激によって自国の伝統文化への意識が強められた結果、フォリオ写本の印刷本が世に出されたことになるが、それから140年経った現在、バ ラッド文学研究のさらなる発展を、今度は日本から促すべき時であるかもしれない。幸いなことに、もうすでにその気運は、『英蘇バラッド集』の邦訳、バラッ ド協会の設立で高まりつつある。

註:
(1) Nick Groom, “Fragments, Reliques, and MSS: Chatterton and Percy,” Thomas Chatterton and Romantic Culture, ed. Nick Groom (Basingstoke: Macmillan, 1999) 190, 191.
(2) John W. Hales and Frederick J. Furnivall, eds., Bishop Percy’s Folio Manuscript: Ballads and Romances, 3 vols. (London: Trübner, 1867-68).
(3) F. J. Child, ed., The English and Scottish Popular Ballads, vol. 1 (1882; New York: Dover, 1965) xxvii; Frederick J. Furnivall, foreword, Bishop Percy’s Folio Manuscript: Ballads and Romances, ed. John W. Hales and Furnivall, vol. 1 (London: Trübner, 1867) ix. 実際には、Robert Jamieson、Thomas Frognall DibdinそしてFrederic MaddenがFurnivall以前にこの写本に接近し、その一部を公開している。
(4) Nick Groom, The Making of Percy’s Reliques (Oxford: Clarendon, 1999) 120.
(5) Francis James Child, ed., English and Scottish Ballads, vol. 1 (London: Sampson Low, 1861) xi.