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不貞女性に厳しいアーサー王―アイスランド版『少年とマント』―(3)

『マントのリームル』に見られる改変の背景をめぐって  林 邦彦_ (2020/11)

 本稿の第二部(1)で確認したように、リームルでは騎士の武勇や名誉、騎士達のアーサー王に対する忠誠心に基づく両者の間の良好な関係が強調され、不倫関係の発覚後は不倫に関わった女性側だけが厳しい処分を受け、関わった可能性のある男性(アーサー王宮廷の騎士も含むと思われる)については免責される形で、王と騎士達との良好な関係が前面に出されている。
 それではアイスランドには他にも、一国の主君が宮廷人の不倫に対して同様の態度を取る様を描いた作品があるのだろうか。
 不倫といった時に思い出される物語に、いわゆる「トリスタンとイゾルデ」の物語がある。いわゆる古典的なトリスタン物語の内容のうち、主要登場人物に関わる基本的な部分は、「トリスタンはコーンウォールのマルケ王の甥。トリスタンはアイルランド王女イゾルデをマルケ王の妃として獲得するべくアイルランドに向かい、アイルランド王は娘のイゾルデをマルケ王に娶らせることを認めてくれるが、帰りの船上でトリスタンとイゾルデは一緒に媚薬を飲んだために相思相愛の関係に陥り、コーンウォールへの帰国後は、二人はマルケ王の目を盗んで逢引きを重ねることとなる。やがて二人の関係はマルケ王の知るところとなり、トリスタンとイゾルデら二人とマルケ王との関係が悪化する(最後にはトリスタンとイゾルデはともに死を迎える)」というものである。
 先に、『少年とマント』の物語がアイスランドに伝播したのは、この物語に題材を取ったフランス語による『短いマントの短詩』と呼ばれる作品が13世紀にノルウェー王ホーコン4世のもとでノルウェー語に翻案された後、それがさらにアイスランド語に翻案されたことによる旨を記したが、「トリスタンとイゾルデ」の物語についても、ブリテンのトマ(Thomas of Britain)という詩人が、この物語を題材としてフランス語で著した『トリスタン』(Tristan)と呼ばれる作品が、同様に13世紀にホーコン4世のもとでノルウェー語に翻案された後、それがさらにアイスランド語に翻案され、『トリストラムとイーセンドのサガ』(Tristrams saga ok Ísöndar)と呼ばれる作品となって、今日まで8点のアイスランド語の写本で伝承されている(こちらもノルウェー語の写本は現存しない)。
 この『トリストラムとイーセンドのサガ』(以下、『イーセンドのサガ』とする)は、いわゆる古典的なトリスタン物語を伝える作品であるが、これとは別に、アイスランドでは14世紀半ばないしは1400年頃に、『トリストラムとイーソッドのサガ』(Saga af Tristram og Ísodd, 以下、『イーソッドのサガ』とする)と呼ばれる、トリスタン物語を扱ったアイスランド独自の作品が著されている。
 この『イーソッドのサガ』と呼ばれる作品は、トリスタンとイゾルデの物語に題材を取りながらも、古典的なトリスタン物語を伝える『イーセンドのサガ』と比べると、作品全体としての分量は大幅に少なく、その内容は様々な点で大きく異なり、特に他の言語圏のトリスタン物語を扱った作品には見られない独自の喜劇的な要素を含んでいるのが特徴である。特に、イゾルデをめぐって恋敵となるはずのトリスタンとマルケ王の間の人間関係については、この両者のいずれについても、その言動は、特にイゾルデをめぐって、自分の恋敵たる相手の望みを叶いやすくするものになっており、トリスタンは、イゾルデと一緒に飲んだ媚薬の影響でイゾルデを愛さざるを得ない状態になっていながらも、イゾルデとの不倫関係よりもマルケ王に対する忠誠心の方を優先しようとし、そういうこともあってか、マルケ王も、古典作品の『イーセンドのサガ』と比べ、作品全体を通じてトリスタンに対して、より好意的な態度を取り続ける様が描かれており、イゾルデをめぐってトリスタンとマルケ王の間の関係が悪化しないよう、より良好な状態に保たれるように描かれているのである。
 『マントのリームル』と『トリストラムとイーソッドのサガ』のそれぞれに見られた古典作品からの改変は、何らかの同様の事情を背景としたものなのであろうか。(了)

(注)
(1)「不貞女性に厳しいアーサー王―アイスランド版『少年とマント』―(2)」

主要参考文献

一次資料
『マントのサガ』
Kalinke, Marianne E.(ed.)Mọttuls saga. With an Edition of Le Lai du Cort Mantel by Philip E. Bennett. Editiones Arnamagnæanæ B 30. Copenhagen: Reitzels, 1987.
『マントのリームル』
Finnur Jónsson(ed.)Skikkjurímur. In: Rímnasafn. Samling af de ældste islandske Rimer 2. Samfund til udgivelse af gammel nordisk litteratur 35, pp. 326-56. Copenhagen: S.L. Møllers og J. Jørgensen & Co.s bogtrykkerier, 1913-22.
二次資料
Driscoll, M. J.(1991)The Cloak of Fidelity: Skikkjurímur, a Late Medieval Icelandic Version of Le Mantel mautaillié. Arthurian Yearbook 1, pp. 107-33.
Kalinke, Marianne E.(1981)King Arthur, North-by-Northwest. The matière de Bretagne in old Norse-Icelandic romances, Bibliotheca Arnamagnæana 37. Copenhagen: C. A. Reitzels Boghandel.
Larrington, Carolyne(2011)The translated lais. In: Marianne E. Kalinke(ed.)The Arthur of the North. The Arthurian Legend in the Norse and Rus’ Realms, Arthurian Literature in the Middle Ages, 5, pp. 77-97. Cardiff: University of Wales Press.