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近現代のスコットランド詩におけるナショナル・アイデンティティとバラッド詩の関わり
科研費採択研究課題の概要(2010-2012年度科学研究費補助金 基盤研究(C) 課題番号 22520282 研究代表者 中島久代)
研究目的
(1) バラッド詩研究の全体構想は、バラッド詩 (Literary Ballads) の伝承バラッド (Traditional Ballads) からの模倣の諸相と、模倣から逸脱へと至ったバラッド詩の独自性を解明することによって、英詩全体におけるバラッド詩の系譜を確立することにある。
(2) 全体構想の中での本研究課題の目的は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのスコットランド詩の存在意義をバラッドというジャンルから照射して解明し、同時に、バラッド詩の系譜中のスコットランド文学における20世紀の系譜をまとめることにある。
(3) 本研究の学術的背景および本研究の位置付けは、以下のようである。
英語圏のバラッド詩の作品数は1,000篇近くにのぼり、18世紀以降のどの時代にも職業詩人によるバラッド詩が書かれている。1765年のThomas Percy編纂によるReliques of Ancient English Poetryを 皮切りとして、国内外の研究者の関心と熱意は、主として伝承バラッドの蒐集・編纂に注がれて来て、編纂集の数は国外では73点、国内では叢書版を含めて4 点を数える。しかし、約1,000篇という規模を抱えるバラッド詩に関しては、作品編纂、作品研究ともに、国内外を通じて、かなり手薄なままで現在に至っ ている。国外におけるバラッド詩に特化した編纂集は、A. H. Ehrenpreis編纂のThe Literary Ballad (1966)のみ、バラッド詩研究は、A. B. FriedmanによるThe Ballad Revival: Studies in the Influence of Popular on Sophisticated Poetry (1961)を代表として、数点を数えるにすぎない。国内における編纂集は、David Taylor・鎌田明子・中島久代・宮原牧子・山中光義共編著、『英国バラッド詩60撰』(2002年)のみ、研究書は、山中光義著、The Twilight of the British Literary Ballad in the Eighteenth Century(2001)にとどまっている。このような国内外のバラッド詩研究の現状において、バラッド詩の研究は、英詩研究の中の手つかずの分野として、今後研究されるに値するものである。
応募者は、1993年(平成5年)より、伝承バラッドおよび19世紀以降の職業詩人たちのバラッド詩に関する研究を継続して行ってきた。同時に、伝 承バラッドがスコットランド文学における文化遺産と位置付けられることから、スコットランド文学の中でのバラッド詩の意義についても研究の方向性としてき た。この間の成果を踏まえ、バラッド詩研究をさらに継続性あるものとし、国内では研究が遅れているスコットランド詩の意義を検証するためには、スコットラ ンド文学にとっての一大変革の時期であった20世紀初頭のバラッド詩の特色を解明することが必要不可欠であると考え、本研究課題の着想に至った。
(4) 本研究の学術的な特色・独創的な点・予想される意義として、スコットランド文学研究は国内においては手薄であるため、この分野の研究の進展となること、バ ラッド詩は英詩研究の中では手つかずの分野であるため、バラッド詩研究の成果は英詩研究に新たな視点を提供することになること、バラッド詩研究は国内外ともに未確立であることから、本分野の研究は日本から世界へ発信できるテーマとなること、などが挙げられる。
研究計画・方法(何をどこまで明らかにするのか)
(1) 平成22年度
共同製作により完成間近のデータベース「英国バラッド詩アーカイブ」を活用して、スコットランド詩人John Davidson (1857-1909)を中心として、以下の点を解明する。
・Davidsonのバラッド詩とナショナル・アイデンティティとの関わり
・Davidsonと同時代のスコットランドの労働者詩人たちのバラッド詩の模倣と逸脱の諸相
・スコットランドの労働者詩人たちの作品とナショナル・アイデンティティとの関わり
(2) 平成23年度
「英国バラッド詩アーカイブ」を活用して、スコットランド詩人、Edwin Muir (1887-1959)とHugh MacDiarmid (1892-1978)を中心として、以下の点を解明する。
・MuirとMacDiarmidのバラッド詩の模倣と逸脱の諸相
・ 当該2詩人の対立の構図は、Muirはバラッド詩を創作したがスコットランド方言は否定し、MacDiarmidはバラッドは否定したがスコットランド方言詩の推進に尽力した、というような、伝承バラッドおよびバラッド詩に関わる認識の違いとアイデンティティの内容の違いであること。
・当該2詩人は、ナショナル・アイデンティティを巡っては相対立する主張をしていたことを踏まえた上で、20世紀初頭のスコティッシュ・ルネサンスがこの2人の詩人の対立によって牽引されたこと。
・MacDiarmidのナショナル・アイデンティティの試行錯誤は、Davidsonからの影響によること。
(3) 平成24年度
平成22年度と23年度に完了した研究内容を統合して、以下の点について本研究課題のまとめを行う。
・ 19世紀終盤のDavidsonと労働者詩人たちのナショナル・アイデンティティとバラッド詩
・ Muirのナショナル・アイデンティティとバラッド詩
・ MacDiarmidのナショナル・アイデンティティと伝承バラッド
研究成果の社会・国民への発信方法
・「日本バラッド協会」(http://j-ballad.com)の研究発表ページでのインターネットによる一般公開、および、同協会会合での口頭発表
・海外のスコットランド文学専門ジャーナルScottish Literature (Edinburgh UP)への投稿
・「日本カレドニア学会」より2011年に発行予定の単行本『スコットランドの文学』(仮題)への投稿、および研究紀要CALEDONIA(査読付き)への投稿