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アイデンティティ探求を超えてモダニズムへ — ミュアとブラウンのバラッド的視点 —
科研費採択研究課題の概要
(2013-2015年度科学研究費補助金 基盤研究(C) 課題番号 25370330 研究代表者 中島久代)
I. 研究目的(概要)
研究の全体像は、バラッド詩(Literary Ballads)の伝承バラッド(Traditional Ballads)からの模倣と逸脱の諸論点を明らかにし、英詩(イギリス詩およびスコットランド詩)においてバラッド詩というジャンルを確立することである。この全体像の下、本研究課題の目的は、18世紀と19世紀のバラッド詩が果たしてきたスコットランド文学のナショナル・アイデンティティの探求を超えた、バラッド的視点からの批評精神とモダニズムを明らかにすることである。
① 研究の学術的背景
バラッド詩研究は国内が国外より充実先行
バラッド詩の分野は、先行研究者たちの成果の蓄積により、国内の方が充実先行している。
(a)国内外ともに初のバラッド詩の本格的なアンソロジーとして、『英国バラッド詩60撰』(鎌田、宮原、中島、Taylor、山中共編著、九州大学出版会、2001年)が、平成14年度科学研究費補助金・研究成果公開促進費(学術図書、研究代表者山中)により刊行された。
(b) バラッド詩の全貌を示すための作品の収集とデータ化については、応募者中島と共同研究者によって、FriedmanとMalcolm Lawsの言及作品を出発点として、長年の調査収集により、300年以上の間のバラッド詩作品数が1,000篇程存在していることが明らかになった。この成果はインターネット上のデータベース「英国バラッド詩アーカイブ」(http://literaryballadarchive.com)として一般公開し、逐次内容の充実をはかっている。
(c) Mitsuyoshi Yamanaka, The Twilight of the British Literary Ballad in the Eighteenth Century (Kyushu UP, 2001)が、Friedman、Malcolm Lawsに次ぐバラッド詩の研究書として刊行された。
(d) 2007年に国内で日本バラッド協会(http://j-ballad.com)が発足し、ネット上での研究活動と一般公開の充実が図られている。
② 研究課題の着想に至った経緯(前回科研採択課題からの継続と展開)
ナショナル・アイデンティティの探求を超えるものを指向するバラッド詩の存在
平成22-24年度科学研究費補助金基盤研究(C)採択課題「近現代のスコットランド詩におけるナショナル・アイデンティティとバラッド詩の関わり」による現時点での成果は以下である。
(a) バラッド詩の系譜における18世紀初頭から19世紀の趨勢のまとめを行ったこと。
(b) アイデンティティのシンボルとしての“Thomas Rhymer”の模倣詩がスコティッシュ・アイデンティティ自体の多義性を示していること。ナショナル・アイデンティティの表現は「Scottの擁護」から「Davidsonのゴシック的不安」へと変化していること。
しかし、次の点が未解決の論点として残されている。
(c) 20世紀の詩人Edwin Muirはバラッドに深く傾倒し現代詩への警鐘としてバラッド的精神を評価したが、ナショナル・アイデンティティを批判する創作姿勢は他のバラッド詩人たちと一線を画している。Muirのバラッド的視点とバラッド詩はナショナル・アイデンティティの多義性とどのように関わっているのか。
この論点を解決するにあたり、シンポジウム「George Mackay Brownとバラッド—intertextual readingの試み—」(山田修・山中光義・川畑彰・入江和子、日本バラッド協会第2回会合、2009年3月28日、愛知工業大学本山キャンパス)から着想を得て、ナショナル・アイデンティティの多義性というテーマに沿った本課題を着想した。
③ 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか
ミュアとブラウンのバラッド的視点はナショナル・アイデンティティを超えてモダニズムへ
Muirに多大な影響を受け、バラッドからの特異な模倣作品を持つ、Muirと同郷オークニー出身のGeorge Mackay Brownのバラッド論と作品分析を新たな切り口として、ナショナル・アイデンティティを超えたMuirとBrownのバラッド的視点を以下の論点から考察する。
(1) Edwin Muir
(a) スコットランドの近代化と楽園喪失のテーマ
(b) 2つの世界大戦とヨーロッパ人としてのアイデンティティ
(c) 伝承バラッド評価とモダニズム
(2) George Mackay Brown
(a) バラッド評論家としてのMuirとバラッド詩人としてのBrown
(b) Brownのバラッド詩
(c) バラッド的表現とモダニズム
(3) MuirとBrownのバラッド的視点によるナショナル・アイデンティティ探求の超越
④ 本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
バラッド詩のアイデンティティ追求とモダニズム 英詩研究への新たな視点の提供
スコットランド文学においては、バラッド集はアイデンティティの主張を歴史的な役割として担ってきたが、20世紀の詩人にはアイデンティティの主張以上の、モダニズムへ至る視点としてバラッド的な視点が評価されたことの検証が予想される。
また、アイデンティティをめぐる論考が活発なスコットランド文学において、バラッドによる論点の提供によってスコットランド詩を含む英詩研究に新たな視点を提供する。
II. 研究計画・方法(抜粋)
(1) 平成25(2013)年度
Edwin Muir(1887-1959):伝承バラッド評価の諸相・アイデンティティ観とモダニズム
(2) 平成26(2014)年度の展開点
George Mackay Brown(1921-96):バラッド模倣作品の諸相・Muirから引き継いだもの
(3) 平成25(2015)年度の展開点
MuirとBrownのバラッド的視点によるアイデンティティ探求の超越とモダニズム
(見取り図)
年 度 | 本課題「アイデンティティ探求を超えてモダニズムへ—ミュアとブラウンのバラッド的視点—」の展開 | 前回採択課題との相違・関連 |
平成25 (2013) | Muirの伝承バラッド評価の諸相 Muirのアイデンティティ観とモダニズム | Scott、Davidsonとのアイデンティティの表現の相違 |
平成26 (2014) | Brownのバラッド模倣作品の諸相 BrownがMuirから引き継いだもの | アイデンティティ探求と異なるバラッド詩の存在 |
平成27 (2015) |
バラッド的視点によるアイデンティティの超越 バラッド的表現とモダニズム |
バラッド的視点によるアイデンティティ探求の超越 |
(4) 研究協力者について
上述したように、本研究課題の着想のきっかけは、所属する日本バラッド協会主催のシンポジウムに於いてである。MuirとBrownの先行研究者としての以下の2名に研究協力を依頼し快諾いただいた。
Muirに関わる事項 山中光義氏(福岡女子大学名誉教授)
Brownに関わる事項 川畑彰氏(芦屋大学教授)