information情報広場
バラッド文化とメディア:18・19世紀のバラッド・ソング・物語詩の出版を中心に
科研費採択研究課題の概要
(2015-2019年度科学研究費補助金 基盤研究(B) 課題番号 15H03188 研究代表者:三木菜緒美、
研究分担者:中島久代・宮原牧子・伊藤真紀)
研究目的(概要)
英国文化圏のバラッド文化・メディア・社会の相関関係を検証
広義のバラッド文化(バラッド・ソング・物語詩など)は、生み出された時代および社会のメディア(=情報伝達媒体)と密接に関わる。バラッド文化が時代と社会を映しだすメディアとして果たしてきた役割、および、21世紀のインターネット社会におけるバラッド文化の役割の検証を研究プロジェクトの全体像として掲げ、本研究においては、18・19世紀のイングランド、スコットランド、アイルランドを対象に、出版という行為によってバラッド文化が社会に与えた影響およびその受容の諸相を、チームを組んで地域別に、同時に地域別の現象の比較検討によって総合的に検証する。
研究の学術的背景
(1) 本研究の着想に至った経緯:バラッド文化の特色として内包されるメディア性
バラッド文化は、いわゆる知識階級による創作批評活動の題材となる以前に、基本的には一般大衆によって創作され伝達されたというルーツを持つ文化事象である。口承の時代には、聴衆(情報の受け取り手)の存在は創作の前提であり、聴衆への情報伝達を意識した文化の様式はこの文化のエッセンスとして後世にも引き継がれ、近代社会においては、喪失した聴衆に憧憬するという特色がバラッド作品に見られることもある。このように、聴衆への情報発信としてのメディア性を前提とし内包していることはバラッド文化の一大特色であり、バラッドは文化・文学とメディアを考察する際の格好の取りかかり口となりうる。
そこで、まず18・19世紀のイングランド、スコットランド、アイルランドを対象に、その時代の主要な情報伝達媒体であった出版という行為によってバラッド文化が社会に与えた影響およびその受容の諸相を、地域別に、同時に地域間の現象の比較検討によって総合的に検証することとした。
(2) 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか
本研究では4年間で次の10テーマを明らかにする。
● アイルランドのブロードサイド・バラッドの誕生と変遷、その出版メディアとしての社会的・政治的役割
● アイルランドのバラッド・ソング集の出版、特に19世紀におけるその政治的意義と、メディアとしての役割と社会との相関関係
● 18・19世紀イングランドおよびスコットランドのブロードサイド・バラッドの読者層の特色・変化と果たした社会的役割
● 18・19世紀イングランドおよびスコットランドのバラッド・コレクション出版と社会との相関関係
● 英雄バラッドの系譜およびアウトロー・バラッドの系譜と、その社会や読者層との関連、およびアウトロー・バラッドが社会の代弁、指示、反抗を直接的に反映していること
● ラフカディオ・ハーンを中心とした日本・英国・米国におけるバラッド文化の交流関係
● アイルランド問題を巡るイングランド発信バラッドの読者層と果たした役割
● コピーライト法制定後のバラッド口承文化と詩人の知的財産の表現としての模倣と剽窃の葛藤
● 奴隷制解放を巡るバラッド関連出版物とその読者層など、社会問題を扱ったバラッドの社会的役割
● ロマン派におけるバラッドの再評価について、文学―社会双方向への作用としてのバラッドの役割
(3) 本研究の学術的な特色・独創的な点および予想される結果と意義
18世紀から20世紀までのバラッド文化は、出版というメディアにその伝達内容の多くを委ねたことにより様々な社会的役割と意義を担ってきた。その時代を経て、21世紀のインターネット社会におけるバラッド文化は、一般大衆による一般大衆自身への自由な情報発信という本来の性質を取り戻すかのような回帰現象の最中にある。この意味で、バラッド文化とメディアの研究は、21世紀の社会を俯瞰するために必要不可欠なテーマである。
連携研究者と研究協力者
●連携研究者:ウェルズ恵子(立命館大学)
本研究は将来的にはアメリカのバラッド文化・メディアとの比較研究へ発展させる予定であり、現段階から関連事項についてウェルズ氏より指導・助言を得る。
●研究協力者(1):鎌田明子(明星大学非常勤講師)
本研究においては18世紀イングランドのバラッド、バラッド詩の研究を研究協力者の立場から推進する。
●研究協力者(2):山崎遼(立命館大学大学院博士課程)
山崎氏はバラッド文化をテーマとした研究に着手した大学院生であり、資料の整理補助、研究会参加などにより本研究遂行に協力する。
研究計画
【H27年度の研究計画】 <個別研究年度>
1. アイルランドのブロードサイド・バラッドの資料から、その歴史を整理し、識字率や民衆の情報の取り扱い方、出版事情を検証しながら、出版メディアとしての社会的・政治的役割を考察する。
2. 18・19世紀スコットランド・イングランドの識字率と出版文化の諸相を概観し、民衆文化としてのブロードサイド・バラッドの読者層の特色と果たした社会的役割を検証する。
3. 19世紀イングランド・スコットランドの英雄バラッド、及びアウトロー・バラッドの系譜を整理し、その社会との関連と読者層を検証することにより、社会に対するメッセージとしてのバラッド詩の在り方を探る。
4. アイルランドにおけるカトリック解放、貧困、独立を訴えるバラッド、当時の体制批判をうたったイングランド発信バラッドについて、他の形式の作品との語彙と読者層の違い、発表の方法や執筆期間の特色を検証し、バラッドの社会的役割を考察する。
5. 奴隷制解放を訴えたバラッドについて、他の形式の作品との読者層の違いを、出版の形態、販売価格などから検証し、社会問題を扱ったバラッドの社会的役割を考察する。
【H28年度以降の研究計画】 <共同研究年度>
ブロードサイド・バラッド比較分析:18・19世紀のイングランド・スコットランド・アイルランドにおける識字率と出版文化について検証する。民衆の文化としてのブロードサイド・バラッドが、それぞれの地域においてどのような役割を果たしていたのか、さらに支配関係やコピーライト法制定、民衆の移動など社会的な観点からそれぞれの相互関係について詳細な比較分析を行う。
社会との関わりの比較分析:19世紀のイングランドのバラッドを中心に、政治や社会に対して、職業詩人たちが「バラッド」という文化・形式を用いることで、どのような意見発信を試みていたかについて、複数の詩人・作品を比較検討することにより、時代の全体像を明らかにする。
【H29年度以降の研究計画】 <個別研究年度>
1. 18・19世紀アイルランドのバラッド・ソング集の系譜をまとめ、雑誌に掲載されたIrish Minstrelsy (1831) に対する一連の攻撃と当時のバラッド関連言説を分析し、バラッド出版の政治的・社会的役割を明らかにする。
2. 18・19世紀にスコットランドで刊行された各種のバラッド・コレクションは喪失したナショナル・アイデンティティの復権という明確な社会的使命を持っていたことを検証する。
3. ラフカディオ・ハーンがチェンバレン宛の書簡の中で使った ‘ballad customs’ という言葉を手掛かりに、ハーンが日本で表した作品の中に見られるバラッド文化、さらにそれらが海外にどのように逆輸入されていったかを探る。
4. 18世紀コピーライト法設立の背景と当時のイングランドの印刷業者、出版社、著者、読者の関係を検証し、一般大衆によるバラッド創作からの変化と、この時代の詩人たちが直面した模倣と剽窃の問題を知的財産の面から考察する。
5. ロマン派におけるバラッドの再評価について、フランス革命、庶民の台頭、美意識の変化などの社会背景との関連から、文学―社会双方向への作用としてのバラッドの役割について考察する。
【H30年度以降の研究計画】 <共同研究年度>
バラッド・コレクションの社会における役割:18・19世紀のイングランド・スコットランド・アイルランドにおけるバラッド・ソング集の系譜を比較検討することにより、バラッド出版の政治的・社会的役割を探る。
バラッド文化の再定義:18・19世紀、20世紀初頭にかけての活字文化の中で、バラッドが本来持っていた民衆の声としての役割をどのように果たしてきたのかを探り、単なる文学という範疇を超えるバラッド文化の再定義を行う。