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バラッド最盛期における挿絵とテクストのコラボレーションの諸相とその意義
科研費採択研究課題の概要
(2022-2025年度学術研究助成基金助成金 基盤研究(C)(一般) 課題番号22K00442
研究代表者:中島久代 研究分担者:陣内敦 研究協力者:山中光義)
<研究内容と目的>
バラッド文化の展開において、S. C. Hall (ed.), The Book of British Ballads (1842 & 1844) やG. B. Smith (ed.), Illustrated British Ballads, Old and New, 2 vols. (1886) などの19世紀に刊行されたバラッド編纂集は、挿絵がふんだんに取り入れられていることが特色の一つであり、Hall編纂集では約135点、Smith編纂集では約82点が挿入されている。Smith編纂集の序文では、読者がPercy、Scott、Buchanなどの他のバラッド集にもある代表的なバラッドを、好きな花で花束を作るように編纂したと断っている。読者に好まれるバラッドの刊行が目的と思われるこの編纂集では、挿絵は読者がすでに知っている作品をより魅力的に提示し、彼らの読書意欲あるいは購買意欲を掻き立てる役割をしているのではないか、という仮説がたつ。しかし、挿絵として抽出されている場面をいくつか検証すると、例えば、伝承バラッド“Alison Gross”では挿絵が示すのはハイライトの魔術の場面ではない。また、Robert Southey作のバラッド詩“The Battle of Blenheim”では、側で聞き入る子どもらの存在を忘れたかのような語り手の独白の場面こそこの物語の醍醐味なのだが、そこは外した他の場面が挿絵として添えられている。このような挿絵の独自性とも思われる特色を見出す時、挿絵は物語のテクストの補助にとどまらない役割を果たしているのではないか、という問いが生まれる。さらに、その問いは、画家が描いた場面にはどのような選択の背景や理由があるのだろうか、挿絵が挿入された背景に社会的芸術的要因があるのではないか、読者はバラッドと挿絵をどのように受容したのか、という一連の問いへと発展する。バラッド最盛期にバラッドのテクストと挿絵のコラボレーションが生み出した文化的意義は考察すべき問いであると思われる。
この時代における文学作品と挿絵の関わりの先行研究は小説の分野で充実しており、Jane R. Cohen, Charles Dickens and His Original Illustrators (1980) においては、ヴィクトリア朝を代表する小説家となったDickensがCruikshank等の複数の画家たちの挿絵によって人気を博して行った経緯、小説の流行に果たした挿絵の役割等が論じられている。他方、バラッドの挿絵については、Shepardの他、A. B. Friedmanによるバラッド詩の本格的な研究書Ballad Revival: Studies in the Influence of Popular on Sophisticated Poetry (1961) にも言及されているが、これらにおいては挿絵は物語テクスト理解の補完であるという視点から論じられている。国内での研究では、清水一嘉著『挿絵画家の時代—ヴィクトリア朝の出版文化』(2001)の中で、Robert Burns、Walter Scott、Alfred Tennysonの詩と挿絵が解説され、詩人たちが挿絵をあまり歓迎していなかった事情が言及されているが、バラッドとの関連については十分ではない。同様に、美術の分野においても、19世紀のバラッドの挿絵はテーマとしてまとめられてはいない。バラッド文化の最盛期における挿絵とテクストのコラボレーションの諸相とその意義についての研究は、バラッドと挿絵の両方の分野において手つかずと言ってよい。
上記の背景を踏まえ、本研究課題では次の4項目の問いを検討してゆく。
① 画家がバラッドの物語のどのような場面を挿絵として描出しているのか、また場面の選択には理由や傾向を見いだすことができるか
② 画家がバラッドの挿絵を製作した理由や背景にはどのような社会的芸術的要因があるのか
③ 読者・購買者の反応はどのようであったか
④ この時代の挿絵とのコラボレーションはバラッドの展開にどのような意義をもたらしたか