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山中光義『バラッド詩学』  宮原牧子_(2011/8)

山中光義『バラッド詩学』音羽書房鶴見書店、2009年。
解題者 宮原牧子

 著者山中光義氏は、日本におけるバラッド研究の第一人者である。本著は、山中氏が福岡女子大学文学部発行の『文藝と思想』(Nos. 67 & 71, 2003 / 2007)に「バラッド詩学(1) (2)」として発表したものを大幅に加筆修正したものである。
 「長い年月をかけて不特定多数の人々によってうたい継がれてきたバラッドには、個人の詩作上の技法が介入する余地が無いことは当然である。その意味 でバラッドはあくまでも‘artless’な作品である。にもかかわらず、実際にはバラッドを成立させている様々な‘art’がある。」 (‘Preface’より)本著は、そのような伝承バラッドの‘art’について、Story、Technique、Style、Ethosの観点から詳 細に解説したものである。さらに著者は、18世紀以降バラッド詩を創作した詩人たちが、「バラッドのどのような側面を模倣しているかは実に複合的で判じが たい」(‘Preface’より)場合が多く、それがバラッド詩研究の遅延の原因のひとつであると考える。この点に配慮し、本著にはバラッド詩からの用例 とその解説が各項目別に付されている。これが本著の最大の特徴であり、このため本著は、伝承バラッドとバラッド詩の研究者双方にとって極めて有益な研究書 となっている。
以下、各項目について紹介する。
(1) Story
 ‘subject matter’については「求愛の成功と失敗」、「殺害」、「復讐」、「後追い自殺」など、先行研究で十分に言及されている例については省略され、 ‘incest’と‘talking bird’の2点についてのみ解説がなされており、よい意味で予想が裏切られるのが面白い。その他、‘abrupt opening’、‘corporeal revenant’、‘metamorphosis’、‘nuncupative will’について解説。
(2) Technique
 ‘stanza’、 ‘narration and/or dialogue’、‘refrain’、‘repetition’、‘simile and metaphor’、‘parallelism’についての解説。直喩の例として挙げられている、‘As green as onie glass’と‘as green as any grass’の違いについての言及が興味深い。
(3) Style
 伝承バラッドの「簡潔さ」(‘simplicity’)を生み出している文体の特徴、‘narrative lacuna’、‘rapidity’、‘Gothicism’、‘anonymity’、‘traditional compound’について例証される。常套表現を駆使する事によって「迅速性」が促されている点については、F. J. Childが既に指摘している36種類には含まれていない「東・・・、西・・・」の例が多数挙げられている。
(4) Ethos
 「伝 承バラッドの底流としてある精神風土」について、‘wonderland’、‘mutability’、‘humour’、‘parody’、 ‘didacticism’、‘stoicism’、‘sentimentality’、‘current topics’に分類し論じられる。特に‘wonderland’と‘stoicism’の項目では、バラッドを読む現代人のほとんどがおそらく感じるで あろう違和感について、これを払拭する説明がなされている。

 以上のように、本著はバラッド同様、極めてシンプルにバラッドの‘art’についての解説がなされている。本著は入門書ではない。本文中にも触れら れている通り、バラッドの研究をする者にとっては既知であろうと思われる点についての解説は省略されている。しかし、簡潔でありながらも解説は極めて詳密 である。このことは、本著に引用されている伝承バラッド58作品、バラッド詩50作品(40詩人)という例証の多様さ、豊富さによっても証明されていよ う。
 かれこれ20年近く氏の研究を末端の席から拝見してきたが、氏のバラッドへの愛情(とパートナーであるH.N.氏へのそれと)がこれほど結晶化され強く感じられる著書は、本著をおいて他に無い。