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久々のレコードハンティング 石嶺麻紀_ (2012/7)
バラッドの音楽をめぐるエッセイ第1話
5月だったか、6月はじめだったか、私達は本当に久しぶりにディスク・ユニオンの新宿店に寄ったのだった。それぞれ用事があって新宿三丁目で待ち合 わせしたものだから、二人自然と足が向いたと言いたいところだが、そう言うわけでもないのだ。「え〜、見たら買いたくなっちゃうからやめようよ。」、「安 いのしか買わないから大丈夫だよ。」…。などとごちゃごちゃ言い合いながら、でも結局は欲望に負けて「久しぶりだから」と自分に言い訳して店に入った。
お目当てのレコードコーナーは随分と縮小されていて、そのまたお目当てのトラッドコーナーなんか、もうほんのちょびっとで、ざっと見るのに20分とかからな い。何年か前は早くたって1時間ぐらいかかってレコードを漁っていたもんだ。「レコード、お店で売れないんだなぁ」。そう思うとちょっぴり寂しい気分になった。でも、ネットばかりで買っている私達も、結局はお店でのレコード販売の衰退に加担してしまっているわけだ。ちょっと反省だな。
さて、ほんのちょっとのフォーク&トラッドコーナー。当然何の期待もしないで見始めたのに、
「ああっ!」
思わず周りに聞こえるくらい大きな声を上げてしまったわたくし。
「声出すな〜。」
夫 が恥ずかしそう言いながら近づいて来たが、思わぬ獲物をしとめて興奮している私は、そのレコードを釣り上げ満面の笑みを返す。だって、もうずっと探してい たトラッドのレコードにこんな所でこんな時に出逢えるなんて、思いもしなかったんだもの、そりゃあ思わず声も出ますよ〜。
私が釣り上げたレコードは、The Folk Songs Of BritainというTPICレーベルから出ている10枚シリーズのVol. 9 SONGS OF CEREMONY。10枚の内8枚までは収集済みで、残りはVol. 7とVol. 9の2枚だけという状況で3年ぐらいが過ぎていた。Vol. 4を除き、9枚のレコードジャケット全てに月が描かれているというのも、これまた絶対全部所有したいという欲望をかき立てられるわけで、私はThe Folk Songs Of Britainの 一枚目に出逢ってから、その内容の濃さと、ジャケットの素晴らしさから、すっかり集めないと気が済まなかったわけで、殆どネットを渡り歩きながら少しずつ 買って行き、かれこれもう6年ぐらいになるわけだ。ちなみにVol. 4のジャケットには太陽が描かれていたりする。それもまたよし。
そして、その日釣り上げたレコードは1000円と、なんてお手頃なんでしょう。今まで、ネットで3000円ぐらい出せば買えたんだけど、その日のこの出会いのために買わないで来たのだ、正解だったなぁという思いを噛み締める。そんな静かな、けれども熱を帯びたレコードへの思いを久々に味わえた。
お店で買ったレコードにはその「出会い」の喜びの記憶がついて回るから、針を落とすたびにその記憶が呼び起こされ、一層楽しい。SONGS OF CEREMONYは 期待以上に内容の素晴しいレコードだった。タイトル通り年中行事で歌われる曲たちは、仲間達と楽しげだったり、祈るように厳粛だったり、何かに語りかけているようだったりしながら、私に見知らぬ英国の農村の季節の折々を思い起こさせてくれる。今でも変わらず歌は生きているのだろうか?
A面 の2曲に他のアーティストが歌っているものがあって、それが誰だったか…。あれこれと当たりを付けて、棚からレコードをあちこち引っ張り出して部屋を散ら かして、曲名を細かく見たり、めぼしい曲を聴いてみたり、そうやって誰が同じ曲をやっているのか再発見するまでのトラッドの音探しの旅もまた面白く、楽し い。
さて、最後の一枚に出逢える日はいつのことか?全部収集したその時に待っているのは、充実感だろうか?はたまた追うものをなくした寂しさだろうか?