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キーツと音楽

第4回(2012)会合「特別講演」要旨(2012年3月24日 聖徳大学) 鎌田 明子

 John Keatsは音楽に愛着の深い詩人だった。キーツや彼の友人の手紙の中には音楽への深い関心を表す言葉が多くみられる。ロマン派時代のロンドンにおける音楽界は古典からロマン派へと移行する時代だった。当時の批評家は音楽をancient, modern, classicalに分けているが、それぞれの音楽の愛好家たちは自分の支持する音楽を世に知らせようと活動し、結果としてプロの音楽家が誕生し、音楽が 単独での批評や鑑賞に堪える芸術としての立場を得るようになった。ロマン派詩人たちは音楽上の表現は芸術の理想とみなし、ソナタやフーガの形式は、言葉に よって多くの詩人に再現された。
 文学の世界ではThomas Percyが1765年にReliques of Ancient Poetryを、1802-03年にWalter ScottがMinstrelsy of the Scottish Borderを蒐集し、これに触発される形でWordsworthとColeridgeがLyrical Balladsを発表しロマン派時代への幕を開いた。音楽の世界と同様、文学においても古い時代から新しい時代への過渡期、伝統的なものからインスピレーションを得て、新たな形で世に送り出そうとした時代であったといえる。
 キー ツも若いころから音楽に触れていた。友人Charles Cowden Clarkeに宛てた書簡体の詩には、音楽は詩と魂を結ぶ不思議な霊感の源であると述べられる。またキーツの友人Benjamin Baileyの手紙を見ると、キーツが音の組み合わせに自信がもっていたことが分かる。キーツは母音を音符のように使おうとし、ベイリーはその例としてHyperionの冒頭を引用している。この箇所の単語音やリズムは内容と緻密に絡み合い、キーツが非常な注意を払って単語を連ねていたことが伺われる。
 ‘La Belle Dame sans Merci’では音を使って彼特有の歴史観が効果的に表される。キーツの歴史観は未完成の作品『ハイペリオン』によく現れる。古い神から新しい神への神権移譲が描かれるこの作品は、古い体制から新しい体制へと変化の途上にあったロマン派の時代を映したものとも考えられる。ここには新しいものは古いものと常につながりを持ち、新しいものは次々と古くなってゆくという連続するキーツの歴史観が現れている。
 「つれなき美女」でキーツが用いた韻律は伝統的なバラッド・スタンザと異なる。この作品では、1、2行目は弱強4歩格の後に弱強3歩格が続くバラッド・スタンザの韻律が使われ、3行目は弱強3 歩格、4行目は弱強格の後に強強格が続く。批評家のJohn A. Minahanはこのキーツ独自のスタイルについて4行目の弱強格と強強格の衝突と突然の2歩格への変化が、突然の休止、無を生むと指摘する。聴衆は突然のリズムの変化に、不意に音のない世界に放り出されたような不安感を体験する。この不安感は、過去と現在の間、人間界と異界との間、肉体と精神の間、生と 死の間をさまよい続ける騎士が味わう不安感である。
 この作品での時間軸は、風景描写の現在→騎士の回想の過去→風景描写の現在と動く。し かし過去形で描かれる回想に現れる王や戦士の言葉 “Thee hath in thrall”は現在形で発される。この言葉によって現在の岸辺をさまよう騎士の心は、過去の世界の中の現在にとらわれ、精神は肉体から乖離する。騎士の 肉体は人間界に、精神は異界にあり、騎士はこの二つの世界の間を大きく揺れ動く。またキーツは騎士の描写から生命感をなくすとともに、死の印象も薄らぐ工夫をしている。このため、騎士は生と死どちらともつかない曖昧な印象を与えられ、騎士は妖精界と人間界の間を揺れ動くと同時に生と死の間も揺れ動く。この ような曖昧さは騎士の中にもろさを生む。さらにこの作品の最終連は第1連と同じ言葉が繰り返され、騎士は同じ世界を回り続ける構造になっている。ただし、 第1連では質問者が発した言葉を最終連では騎士自身が繰り返す。騎士の言葉で円環が閉ざされた瞬間に他者は騎士の世界から締め出され、騎士は一人で不安定な内面世界に取り残される。
 キーツの作品を文字として「読む」読者は騎士のこの不安定な内面世界を客観的に観察するが、キーツ独自のバ ラッド・スタイルによって「聞く」ならば、聴衆は騎士の世界を供に体験する。そしてキーツにとって、詩は音楽と常に結びつき、読むものではなく聞くもの、 黙読するものではなく音読するものだった。ここにキーツがバラッドを採用し、またバラッドのスタイルを変形させた大きな意図がある。
 このような描写と韻律によって示される分裂した不安定な騎士の姿は、規律と調和の間を揺れ動きながら、矛盾と分裂を内に含もうとしたロマン派詩人の姿でもあ る。このような不安な精神状態は突然に起こったわけではない。ロマン派に特徴的な相反する矛盾を内側に取り込もうとする新しい動きは、古い歴史の流れから 生まれてきたとするのがキーツの考え方である。そしてキーツは音を時を越えるもの、過去と現在を結ぶ力を持つものと考えていた。このようなことを考え合わ せると、キーツは不安定な精神世界というきわめてロマン派的な感覚を表す手段としてあえてバラッドという過去から続く伝統を選び、その韻律に少しの変化を 加えたと考えられる。