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バラッドの伝承
―空間の移動と変容する音楽について* 高松 晃子_(2012/5)
本稿では、パフォーマンスとしてのバラッドのバイタリティーと、伝承のダイナミズムについて、伝承の方法別に考えてみようと思います。
1. 人→人
もっとも基本的な伝達方法は、人から人へ、直接伝えられる形態です。
1-1 家庭内伝承
両親から子どもへ、孫へ、といった形態です。面と向かって教える形を取らなくても、家族の鼻歌をいつも聞かされていた子どもが自然にそれを覚える、というケースも、立派な家庭内伝承といえます。
1-2 仲間うち伝承
もう少し広げると、仲間うちの寄り合いやパーティーなどの場が考えられます。スコットランドやアイルランドのケイリーという集まりは、仲間うち伝承を育むよい機会になります。またさらに少し広げると、パブやクラブでのセッションや音楽会、といった場面が想定できます。ここでは、これまでの例と違って、歌い手と聞き手の関係が赤の他人であることが多くなります。家族や知り合いのようにしばしば会って歌を聞くのは難しいので、回数の限られた伝達になりますが、伝 達の範囲がぐっと広くなる可能性があります。
1-3 運び屋の仲介
次に、伝達の範囲をもっと広げる立役者となる、「運び手」の役割を考えてみましょう。たとえば、アイルランドのハープ奏者や、スコットランドの流浪民トラ ヴェラーがよい例です。トラヴェラーはもともとバラッドをよく歌う人たちで、家庭内伝承はもちろん、それぞれ移動した先で、歌い合い、聞き合いをします。 さらに、移動先で、トラヴェラーでない定住民にもバラッドを伝えました。
もっとスケールの大きな運び手といえば、移民です。アメリカのアパラチア地方は、18世紀初頭にブリテン島やアイルランドからの移住が始まった地域 で、バラッド伝承がきわめてうまくいった場所として知られています。なぜかというと、ひとつには、地理的にも、また心理的にも周囲から隔絶されていた点を指摘できますが、それだけではありません。南北戦争(1861-1865)が終わった頃、この地方からは石炭が取れることがわかりました。すると、採掘したり、運ぶための鉄道を敷いたりするために、労働力としての黒人が多く入ってきました。バラッドは、黒人たちが持っていた、のちにブルースと呼ばれる独特の歌と出会います。そして、フィドルやバンジョーなどを伴って歌われる、カントリー音楽へとシフトしていきます。つまり、伝達の過程で音楽のカテゴリーじたいが変化することがわかります。過去に、アイルランドのハープ奏者が、バラッドをフォーク音楽からクラシック音楽へと、つまりカテゴリーじたいの転換に 一役買ったことも、似たような現象と言えます。
1-4 伝播先での家庭内伝承・仲間うち伝承
バラッド音楽は、伝播した先のアメリカにおいても、本国と同じように家庭内伝承や仲間うち伝承を繰り返して広がっていきました。
これまで見てきたような、人から人への対面式口頭伝承のことを、第一次口頭性と呼びます。その長所と短所を挙げてみましょう。
【長所】
① 特徴は「いまここ」。あらゆる情報をまるごと、直接、時間をかけて伝えることができる。
② その結果、記憶が長続きする。
③ パフォーマンスを様式として理解できる。
【短所】
① 伝承範囲が狭い。
② 正確な伝承や記憶には手間ひまがかかる。効率重視の時代には不向きな方法。
2. 人→?→人
では次に、人から人へ、間になにものかを介して伝達される方法をみていきましょう。
2-1 人→書かれたもの→人
はじめに、書かれたものを介して伝達する場合です。これを、書記性の伝達と呼びます。歌詞を忘れないように書き留める、先生が教えてくれたことをちょっとメモする、これですでに書記性を伴った伝達となります。もちろん、印刷された歌詞や楽譜も、書記伝承を推進する契機となります。
書記伝承にも長所と短所があります。
【長所】
① 紙に固定することで、言葉や音楽を保存可能な形態に変換できる。
② 個人による変容は抑制されるので、ある「型」を伝えることもある程度は可能。
③ 印刷すれば遠く離れた場所のたくさんの人に伝えることができる。
④ カテゴリーを超えた創作のきっかけとなる。
⑤ 学校や家庭音楽会、公的な演奏会など、新たな場を創出できる。
【短所】
① 紙に固定されたものは数限りないパフォーマンスのうちのただ1回の姿、あるいは理念型にすぎないため、どれほどの多様性が許されるものかよくわからない。
② 結果だけが固定されるため、習得のプロセスや様式観が把握できない。
2-2 人→録音,放送→人
次に、録音や放送を介して伝達する方法を列挙してみます。
2-2-1 ラジオやテレビ
広く多くの人にアピールできますが、再現性に乏しく伝承メディアとしては弱いかもしれません。もちろん、録音や録画をして再現性を確保したなら別です。
2-2-2 フィールド・レコーディングの保存/頒布とそこからの習得
1950〜60年代のアメリカやイギリスでは、研究者がフィールドワークをして歌い手から録音し、それを放送したりディスク化して販売したりしました。それは、時空間を越えた伝承を可能にしたと言えます。
2-2-3 さまざまな演奏家による多様な演奏の出現
口頭伝承の歌い手による生演奏やフィールド・レコーディングを聞いた人が、自分でも歌い出し、それを録音しますと、今度はそれを聞いた人が自分も歌い、録音する、というサイクルが生まれます。時空間とジャンルを越えて、伝承が広がっていきます。
このように、録音や放送を介して伝達する方法を、第二次口頭性と呼びます。人から人へ、直接伝えられる口頭性が「いまここ」を特徴としていたのに対し、この第二次口頭性の特徴は「いつでもどこでも」であると言えます。長所と短所をまとめてみましょう。
【長所】
① 口頭性が、記されないまま空間的にも時間的にも離れた人間に働きかける形態で、「いつでもどこでも」を特徴とするため、伝承範囲が広く誰でも学ぶことができる。
② 再現性があり、覚えこむまで反復できる。
【短所】
① 伝承の地域性が失われる。
② 音楽様式にふさわしい演奏作法が充分に伝わらない。
2-3 人→インターネット→人
さいごに、もっとも現代的な方法を考えてみましょう。インターネットの動画サイトやテレビ電話、スカイプによるレッスンなどによって伝達する方法です。こうなりますと、第二次口頭性を超越しています。第二次口頭性では依然として距離の隔たりがありましたが、ここではそれをほとんど感じなくなるからです。
【長所】
① 動画を通じて音楽を丸ごと伝える方法であり、姿勢や呼吸、表情など、さまざまな要素を見て、聞いて覚えることができる。
② 教則動画やテレビ電話、スカイプによるレッスンなどの手段を用いれば、「いつでもどこでも」に「いまここ」の要素を持ち込むことが可能になる。
③ 地理的に離れていながら音楽伝統を共有する者たちがヴァーチャル共同体を形成したり、伝承の盛んな地域が遠隔地に出現したりする可能性も。
【短所?】
① 文化とアイデンティティの関係性が変化。
こうしてみると、バラッド歌唱はまさに「音楽に国境はない」というスローガンを体現する芸能であると言えるでしょう。この広がりは、現代的なテクノ ロジーが発達するずっと前から、いろいろな人たちの力に支えられて実現したものです。家庭や地域の確かな伝承、運び屋の創意工夫、他の音楽ジャンルとの交 流、移民の伝達力、録音や記録に熱心だった研究者、書物や楽譜、放送や録音をきっかけにバラッドファンになった世界中の、ごくふつうの人々。ただ、バラッ ド歌唱の越境は、ローカルな伝統や地域のアイデンティティの喪失と表裏一体の関係にあることは、忘れてはならないでしょう。
* 本稿は第4回(2012)会合シンポジウムにおける発表原稿を簡潔にまとめたものである。発表では、途中いくつかの録音資料が提示された。