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アイルランドのレパートリーを探る(その2) 三木菜緒美_(2009/1)

 ‘Katharine Jaffray’ (Child 221) は、結婚する予定の恋人がいたにもかかわらず、後から来た身分の高い男と結婚することになったキャサリンを、式の当日に元恋人が連れ去り駆け落ちするという話。Sir Walter Scott の ‘Lord Lochinvar’ の元歌として知られているもの。チャイルドは12の版を収録しており、L版以外にはおおよそ3つの共通点がある。第1に「スコットランド対イングランド」という構図。第2に挙式の当日に元恋人が花嫁をさらいに来るということ。第3に、このバラッドで最も特徴的とも言えるものだが、「イングランドの者はスコットランドへは花嫁をもらいに行かぬこと」という教訓あり、さらには「魚の代わりに蛙を出されて騙されますよ」という落ちがついているということ
 チャイルドは、頭注でひとしきりこの内容を説明した後、次のように記している。“A copy from the recitation of a young Irishwoman living in Taunton, Massachusetts (learned from print, I suppose, and in parts imperfectly remembered), puts the scene of the story at Edenborough town.” 内容はほぼ同じなのだが、この中では挙式の前に女が手紙を書き、事情を知った元恋人は返事に「式の当日、緑の衣装を身につけるように」と書くという。その後、チャイルドはL版の註を参照するように記している。L版の註を見てみると、そこに採用された断片は、緑に身を包んだ一団とともにロッキンヴァーが若い女性を連れ去る話だという。肝心のL版は2行のみで、内容は挙式にやって来た元恋人が途中何か見たか尋ねられ、「妖精の群れを見た」と答えるというもの。
 これは、アイルランドの音楽蒐集家George Petrie (1790–1866) が ‘The fairy troop’ (No. 544) としてThe Compete Collection of Irish Music (1850) に収めているものである。またB. H. Bronsonが‘Katharine Jaffray’ として収集した歌は全部で11あり、そのうち5つがアイルランドで聞き学んだものとなっている。タイトルは ‘Green Wedding’ や ‘The Squire of Edinboro’ town’。しかし、これら5つのIrish版には、先に挙げた共通点の中でもこの歌に特徴的である教訓のくだりが跡形もなく消えている。その代わりにIrish版に共通するのが「妖精」への言及と「緑の衣装」である。
 いずれにせよ、これらは、スコットランドの古いバラッドを作り直したものだと見なされており、それが単にアイルランドに渡っていったに過ぎないと、たいていの場合、その異版として収められている。しかし、アイルランドの中では Cork, Galway, Tyrone, Leitrimと広範囲で歌われており、これほどこの歌が広がった背景の可能性の一つとして、すでに昔からある伝説、歌、習慣がその支えとなったと考えることができるかもしれない。

 アイルランドの女性作家Maria Edgeworth (1768-1849) の処女小説Castle Rackrent (1800) は、アイルランドを舞台として、ラックレント一族の生活と没落を描いたものであり、使用人であるサディのユーモラスな方言交じりの一人称の語りでアイルランドの特性がふんだんに描写される。第2部 に入ってすぐ、ラックレント城の世継ぎであるコンディー卿が、あまり好きでもないが自分のことを慕ってくれるマネーゴール家の若い娘イザベラと結婚するか、使用人サディの姉の息子の娘で相思相愛の仲であるジュディーと結婚するか、コインを投げて決めようとする場面がある。イザベラは、コンディー卿を慕っ ていることが父親にばれてその怒りを買い、部屋に閉じ込められる。イザベラはコンディー卿にスコットランドへ駆け落ちしたいとの手紙を書き、コンディー卿は彼女の望みを受け入れてもよいと考えるようになるのだ。そうしてある夜のこと。
 ‘I’m come to a determination upon the spot;’ with that he swore such a terrible oath, as made me cross myself; ‘and by this book,’ said he, snatching up my ballad book, mistaking it for my prayer book, which lay in the window; ‘and by this book,’ says he, ‘and by all the books that ever were shut and opened, it’s come to a toss-up with me, and I’ll stand or fall by the toss; [Maria Edgeworth, Castle Rackrent and Ennui (Penguin, 1992) 89]
結果は、イザベラに決まり、一週間のうちに彼女の同意のもと、スコットランドへ駆け落ちして結婚した後に館へ戻ってくる。
 この駆け落ちの場面には註がついており、結婚に関する法の違いのため、未成年のイギリス人、アイルランド人のカップルで両親の反対にもかかわらず結婚しようとする者たちはスコットランドへ行ったこと、そしてエッジワースの両親は1763年にスコットランドへ駆け落ちしていることが記されている。このスコットランドへの駆け落ちの話とバラッドへの言及の混在は、‘Green Wedding’ あるいは‘The Squire of Edinboro’ town’ を想起させるものである。しかも、若いカップルが駆け落ちするのに向かった先というのは、ボーダー近くのスコットランドの町Gretna Greenというところであり、いわゆる駆け落ち結婚のことを “Gretna Green Wedding” というのはここに由来するという。このような背景も含め、この場面は‘Green Wedding’ との接点を大いに想起させる。この歌は類似のモチーフや当時の風習、文化、民衆感情を加えながらアイルランドで独自に変化していったもの、Irish Balladとして独立したものと考えることができるかもしれない。
 なお、歌として‘Katherine Jaffray’ (‘The Green Wedding’) (Child 221) が収録されているものは次の通りである。Classic Ballads of Britain & Ireland – Folk Songs of England, Ireland, Scotland & Wales, Vol. 2, 2000; The Voice of the People, Vol. 6: Tonight I’ll Make You my Bride – Ballads of True and False Lovers, 1998; Joe Rae, The Broom Blooms Bonny – Ballads, Songs and Stories from Ayrshire, 2001; John Langstaff, The Water Is Wide: American and British Ballads and Folksongs, 2002; Laura Cortese, Hush, 2004; Malinky, Last Leaves, 2000; Paul Clayton, Folk Ballads of the English-Speaking World, 2007; Theodore Bikel & Cynthia Gooding, Young Man and a Maid Sing Love Songs of Many Lands, 1956.