information情報広場
漱石英詩、そのバラッド性
漱石英詩、そのバラッド性 野網摩利子
夏目金之助(漱石)『文学論』においてシェイクスピアに継いで例に多く用いられるのは、ウィリアム・ワーズワス(William Wordsworth)である。ワーズワスとコールリッジ(Samuel Taylor Coleridge)とが匿名で1798年に出した共著詩集『リリカル・バラッズ』が英国文学界に与えた衝撃を解説し、「Lyrical Ballads(一七九八年)は詩界の刷新者として、文壇を聳動せるもの」[1]と述べられる。
『リリカル・バラッズ』第二版(1800)序文には「韻文の作品、特に韻を持つ作品にあっては、散文の場合にくらべてより悲痛な情況や情操、すなわちより比重の大きい苦痛をともなう情況や情操に堪えられるであろう。古いバラッドの韻律は、技巧は非常に素朴ながら、この意見の例証になる章句を多数含んでいる」[2]とある。漱石の蔵書していたLyrical BalladsはE・ダウデン(E. Dowden)の編集する1890年版である。第二版序文はそこには掲載されていないが、漱石はWordsworth’s Literary Criticismという書物を持っていて、そのなかにこの序文の掲載がある[3]。
漱石が書き残したつぎの未発表の無題の英詩は、ワーズワスの説く、非常に素朴ながら苦痛をともなう情況を伝える韻文を試みているようである。また、バラッドの一般構造とされる四行詩と二行連句[4]とを組み合わせた詩形になっている。
In sorrow she ate her heart—-
Her sorrow was too big for words.
In silence she walked to the grave,
Not relieved even by a tear.
The world was hard on her while she lived,
For, they say, she died young and fair.
She knew no love except her mother’s,
And left no mourners when she died.
Full many a time, the pale moon grew
And waned o’er solitary grave.[5]
彼女は何を悲しみ、墓へ歩いて行ったのか、しかもなぜそこで死んでしまったのかはどこにも記されない。韻が踏まれているわけではないが、比重の大きな苦痛の情況と情操とが感じ取れる。
漱石旧蔵書のバラッド集のうち、5点[6]に収録された「ウィリアムの亡霊」(‘Sweet William’s Ghost’)に邦訳者の施すバラッドに関する解説では、「生前の事情は一切語られないまま、歌は突然途中から始まる。このような唐突な始まり方はバラッドの大きな特徴である」[7]とされる。漱石のこの英詩にもあてはまることである。
この漱石の英詩は、『リリカル・バラッズ』初版から載っているワーズワスによる長編バラッド「茨」(‘The Thorn’)を思い起こさせる。ワーズワス「茨」は伝承バラッドの「残酷な母」(‘The Cruel Mother’)から発想を得ているとされ、「残酷な母」も漱石旧蔵書のThe Legendary Ballads of England and Scotlandに収められている[8]。
ワーズワス「茨」では、村の外から来た「詩人」が不可思議に感じることを村の翁に尋ねる。翁は村人の口の端に上る話を伝えて応答する。漱石旧蔵書Lyrical Balladsよりワーズワス「茨」を数節引いてみよう。
六
(…)というのも幼な子の墓に似た塚と、
その池の間に、時として、
真赤な着物の女が坐って、
独りっきりで泣いているからだ、
「ああ、かわいそう、ああ、かわいそう。
ああ、悲しいこと、ああ、かわいそう」[9]
二十
(…)しかしみんなが一致して言うのは、
赤ん坊がそこに埋められたことだ、
その美しい苔の塚の下に[10]。
二十三
(…)わしがはっきり知っているのは、
女があの山に登っているとき、
昼にも、あるいは静かな真夜中で、
大空に星が光っているときにも、
女の泣き声を何度も聞いたことだ、
「ああ、かわいそう、ああ、かわいそう、
ああ、悲しいこと、ああ、かわいそう」[11]
漱石英詩の場合、墓へ歩いていった若い女は、母の愛のほか知らなかったとある。一方、ワーズワス「茨」で語られる、気の狂っている女、マーサ・レイ(Martha Ray)は、20年前、スティーブン・ヒル(Stephen Hill)という交際相手に裏切られたという。彼女は山頂の苔の塚のある場所へ時々登ってゆく姿を村人に見かけられており、その苔の塚には赤ん坊が埋められていると噂されている。
漱石の英詩よりワーズワス「茨」のほうが泣いている女の様子と状況説明とがなされるが、詩人にその話をする村の翁にも真相は分からないという。幼子の墓のそばで泣いているマーサの泣き声を翁は何度も聞いたと語り、そこで終わる。漱石英詩の場合、墓へ向かって歩いていった女は死去し、今は墓に埋まっていることが語られている。
漱石英詩とワーズワス「茨」とでは、このような違いがあるが、女が墓に向かって歩いていったということ、女が悲痛で心を蝕まれていたということなど、見逃しがたく相似する。しかも、確かな真相が明かされない点がかなめであり、どちらもバラッドの特徴を備えた詩といえよう。漱石はワーズワスにならい、バラッドを創作してみたといってよいのではないか。
[1] 初出は『文学論』大倉書店、1907(明治40)年。引用は『漱石全集』第十四巻、岩波書店、1995年、503頁。1903(明治36)年9月から1905(明治38)年6月まで漱石が東京帝国大学文科大学で行った講義「英文学概説」をもとにする。
[2] 『ウィリアム・ワーヅワス「『抒情民謡集』序文」』(英米文芸論双書 四) 前川俊一訳、研究社、1967年、46―47頁。訳を部分的に変更した。
[3] 漱石旧蔵書と同書より上記の箇所を引けばつぎのとおりである。“…there can be little doubt but that more pathetic situations and sentiments, that is, those which have a greater proportion of pain connected with them, may be endured in metrical composition, especially in rhyme, than in prose. The metre of the old ballads is very artless; yet they contain many passages which would illustrate this opinion; …,” Wordsworth’s Literary Criticism, edited with an introduction by Nowell C. Smith, London: Henry Frowde, 1905, p.33.
[4] Lafcadio Hearn, Interpretations of Literature, volume II, selected and edited with an introduction by John Erskine, New York: Dodd, Mead & Co, 1915, p.109. 本書は漱石旧蔵書と同書である。
[5] 『漱石全集』第十三巻、岩波書店、1995年、187頁。無題。署名なし。日付なし。『漱石全集』第十四巻(岩波書店、1926(昭和11)年)では、小宮豊隆によって制作順が推測されて並べられており、その最後の詩。その前の詩にはApril/1904の日付がある。拙訳すれば、「悲しみで彼女の心は蝕まれた――/彼女の悲しみは言葉にするにはあまりにも大きかった。/無言で彼女は墓へ歩いていった。/涙でさえ彼女の心を和らげられなかった。/彼女が生きていた間、世間は彼女に冷徹だった。若く美しいうちに死んだという。母の愛のほかに知らず、彼女の死後、悼む人もいなかった。/多くの時が満ち、青白い月影が伸びては/弱まる。人の訪れのない墓の上に。」
[6] Thomas Percy, Reliques of Ancient English Poetry, vol. II. Ballads Old and New, part 1. Old English Ballads. The Legendary of Ballads of English & Scotland. Walter Scott, The Minstrelsy of the Scottish Border, vol. II. ここには‘Clerk Saunders’と合わせて収められている。
[7] 「ウィリアムの亡霊」『バラッド――緑の森の愛の歌――』中島久代・山中光義訳、近代文藝社、1993年、41頁。
[8] The Legendary Ballads of England and Scotland (The Chandos Classics), compiled and edited by John S. Roberts, London: Fredrick Warne & Co. pp.495-498. 出版年不明。
[9] ワーズワス、コールリッジ『抒情歌謡集』宮下忠二訳、大修館書店、64―69頁。漱石旧蔵書と同書より原文を引く。“VI. …That‘s like an infant’s grave in size, / And that same pond of which I spoke, / A woman in a scarlet cloak, / And to herself she cries, / “Oh misery! oh misery! / “Oh woe is me! Oh misery!” Wordsworth, ‘The Thorn’, Lyrical Ballads, reprinted from the first edition of 1798, edited by Edward Dowden, London: David Nutt, 1891, p.121.
[10] 原文はつぎのとおり。“XX. …But all and each agree, / The little babe was buried there, / Beneath that hill of moss so fair.” Ibid, p.130.
[11] 原文はつぎのとおり。“XXIII. …And this I know, full many a time, / When she was on the mountain high, / By day, and in the silent night, / When all the stars shone clear and bright, / That I have heard her cry, / “Oh misery! oh misery! “O woe is me! oh misery!” Ibid, p.132.